今日日、異世界転生したらどうなったとかそんな展開は幾らでも擦られているものだ。誰しもが何かしらの生きづらさに息継ぎさえ忘れてしまいそうになりながら毎日を生きているのだし、流行らない理由もない。
現実逃避だってしたくもなる。気持ちは痛いほどわかる。
自分もそうだから。
――でも、だからといって。
「こ、こんな、自前で転生ものなんか望んじゃいなかったのにィ……」
森林深くの滝壺で項垂れる声は、ひとり寂しくこだました。
***
わたし、社畜の井上!
こっちは観測されたての虚無心!
過労気味でベッドに倒れ込み、泥のように眠っていたはずがいきなりニューライフ始まってた話でもする?
まさに今なんですけど。
ははは、空笑いしか出ないよ。
あと現在地どこ?
都市住まいだもんで、地元でもなきゃあ近所にこんな大層な森や林なんてなかったはずなんですけどねえ!
「いてッ」
景気付けに大きく伸びをしたら後ろの木の幹にぶつかった。もう、ポンコツ!
痛覚があるからして、夢ではなさそうだとも分かっちゃって辛いわ! 冷静〜〜!
「……、」
あれれおかしいな、この程度の仰け反り方でぶつかるような頭の形をしているつもりはなかったんだけど。しかも今、カツンと硬質な音がしたな。
マジでおかしいな。
わたしの後頭部は人間の標準装備、即ち肉と皮と髪でコーティングされているはずだからそんな骨がぶつかるような音がするはずないんだよな。
ふと過ぎった《とある予想》が外れていてほしい一心で、腕を頭へ添える。
「……は、」
マジマジのマジ?
人間にないはずのものがあった。
男女の別なく、ないはずのもの。
凹凸はあるがエナメル質のつやつやしたこれは。
「ウソーッ、なんでわたし角なんか生えてんの?」
しかもご立派!
もしかして角で闘うように品種改良されちゃったの?
頭(物理)で戦ったら衝撃で脳細胞死んじゃうよ?!
こわ……わたしってば寝ている間に整形手術でも受けさせられたのかな。その場合の手術代ってどうなってる感じ?
同意してないから払う義務ないよね? 万年薄給なうえ税金やら社会保険料やら住んでるアパートの家賃やら水道光熱費やらでみるみるうちに厚みを失っていくお財布に手術代なんてもの払える余力はない。
うちの財布はいつも骨と皮だけ。
そもそもその財布さえ手元にない状況なんですが!
今!
今今今!!!
たった今!!!!!
着の身着のままの状態で超規模迷子(覚えのない角付き)!!!!!!!
率直にイヤすぎ!!!!!!!!
Q.わたし、どうなっちゃうの〜〜〜?!!!
A.どうなっちゃうのもなにも、衣食住が整わないと生きていくことは難しいのである。それはそう。当然の摂理。
「……」
内なる正論パンチ覇者ONOREに数秒で諭されたわたしは、のっそり立ち上がっていい感じの木の棒を片手にあたりを散策することに決めた。切り替えがはやいのは自分の長所だと自認するだけある。どこに居ようとこの世は自己肯定感の高いやつこそPOWER、そういうことだ(?)。
未だ混乱抜けきらない情緒をそのままに、微かに聞こえた流水音を導として歩を進める。
積み重なる歩数に比例して音は大きくなっていく。
ザザア、ザザアと上から下へ打ち付ける音。
「あ、滝」
水源確保!
やったぜ!
しかし生水を煮沸するようなものを所持しているわけでもないから、腹を壊す覚悟は決めないといけないかもしれない。果たして角を付けられただけの現代人(の腹)に見知らぬ土地の生水は耐えられるのか?
耐えてほしいよ……(切実)。
せめて煮沸できるよう鍋とか調達しないとな、と脳内メモ。
緊張と不安から少し喉は乾きはじめていたが、やっぱり生水はこわいので先に天然の宿を探すことにした。
さらに滝へ近づくと奥の方、裏に洞穴があるのを見つけた。滝つぼの洞窟ってわけ? いいじゃん。探検隊じゃん。
入口付近までそろりそろりと抜き足差し足忍び足で到達するが、どうやら物音はしない。耳を澄ますと滝の音がザザア、ザザアと大きく響く。その中に雑音が混じっている様子もない。おそらく無人なんだろう。
「……」
あれ、なんで滝の音がこんなに大きいのに聞き分けられるんだろう。……なんか聴覚機能もアップデートでもしたのかな。
受けさせられたのって角付ける手術だけじゃなかったの?
「……?!」
不安になって己の耳を触ってみて、飛び上がった。
「何なになになに?! エルフ耳ほどじゃないけど先っちょとんがってるよ?!!」
えっとあの、これ悪魔とかそういう感じのアレに似てる!
なんで?! とんがり耳なんで?!!!
耳も改造されてる?!!!!!!!
わたしは一体何に巻き込まれてるっていうの?!
再沸騰していく混乱と一緒に、《とある予想》がさらに現実味を帯びていく。いやな感覚だ。
息が浅くなって、うまく酸素が取り入れられないことだけやけに知覚してしまう。
「、わたしは」
人間、だったよね?
状況把握のためには知るべきだが知ってしまったら最後落ち込んでいく予感しかしない。
なのにやはり知るしか道はない。
興奮のあまり熱くなっていく頭の奥と反して、緊張のあまり冷えゆく指先足先。
心臓が鉛で鋳造されたみたいに重くなる。
身体を引きずるようにして滝壺までの真っ直ぐの道を十数歩、蛇行鈍行した。
感情の浮き沈みがこの短時間であまりにも激しすぎる。
一欠片残った冷静さからの自覚もあった。
けれど、止められもしなかった。
《とある予想》改め、《とんでもない事態》にわたしは翻弄されまくっている。
――水面に映された己の似姿が、それを雄弁に示した。
「ウエーン! 日本人特有の顔の平たさは何処へやら!!! あとやっぱし角生えてるし耳もとんがってるし髪の毛もクリンクリンで極めつけに顔の偏差値爆上がりだよお!!!!! 元の顔の名残さえないんだが!!!!!!!」
あとこの顔、どっちかというとRPGに出てくる悪の組織のえっちい未亡人面の女幹部っぽいよお!!!!
あまりの衝撃にわたしはその場で泣き崩れ、終いにはごめん寝を披露していたらしい。
そうして、冒頭シーンに戻るってワケ。
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