それを愛と気付かぬまま籠絡 if01

どうして、ただただ普通でいられないんだろう。
誰かと同じでいないと安心できないくせに、かといって誰かとまるきり同じであるのは嫌なくせに。
それでいて自分が特別だと自覚した途端、手のひらを返したように振る舞うのに。

わたしには、生まれて物心ついたときから、「生まれる前よりもっと前の記憶があった」。正確には、「何度も生きては死ぬ記憶」と、「この世に生まれる直前の、夢の中での不思議な逢瀬の記憶」がある、といったほうが近い。

たとえば、突然落とされたちぐはぐトンチキ戦国時代で家臣や領民たちと天下統一したのち過労死したこと。

あるときは、錬金術とかいう摩訶不思議科学技術が存在する内陸国でとある家族を守るため、ときに泥にまみれながら東奔西走したこと。

それから、27の紋章からなる幻想的な世界で戦争真っ只中な国の存亡を何度も目の当たりにしたこと。

はたまた、不思議な壁が長らく2つの国を遮っていた世界でとある兄弟が殺し合うのを止めようとしたら何故か大精霊とやらに契約を持ちかけられたこと。

あるいは、精神力で殴る系の不思議パワーが密かにはびこるイタリアで成り行き上仕方なくギャングとして生きる羽目になったこと。

ほかにも、モンスター蔓延る世界で天使として生まれたと思えば、これまた別の世界のマッドサイエンティストたちに召喚されて人体実験の限りを試されて人間不信になりかけたところを優しい魔王さまに助けられたこと。そして最後には激戦の末息も絶え絶えのところを世界樹に取り込まれて養分になったこと。

そして、密かに僅かばかり残った神秘が息づく現代で数百年前に設置された聖杯をめぐる戦いに巻き込まれた挙げ句泥掃除をしたら作業が急ピッチすぎて死んだこと。

語ろうと思えば他にもいくらでもあるが、どれも本当にあった、うそみたいなはなしだ。

(――、なにを頭のおかしいことを)

きっと、そんなことを言われてしまうだろうというのは、分かりきっている。そんなことを安易に誰かに明かしたなら、気味悪がられてしまう、異物を見る目で見られてしまう、分かりきっているのだ。

だから、だから、こんなこと、誰にも言えるはずがないのだ。どんなに親しくても友人や、ましてや両親にさえ、言えるはずが、ないのだ。

きっと、おとなしく聞き分けのいい子として生活していれば、ずっとずっと「おかしな記憶」たちを秘めて、なかったことにして生きていれば、平穏に過ごせるものだとばかり、思っていた。

いいや、思っていたかったのだ。
そう思い込みたかっただけ。

しかし、現実は時として非情である。

 

 

「千代子さま、千代子さま、お慈悲をお与えください、我ら敬虔な信者に、どうか救いを、お恵みを、情けを、お与えください」

 

 

一体全体、どういうことだ。

「頭のおかしな自分」を秘めていれば、平穏は守られるのではなかったのか。

わたしはずっと、おとなしくしていたじゃないか。

わたしはずっと、いい子にしていたじゃないか。

わたしはずっと、ずっと――。

己の裡側で感情が渦巻く。

それが急速に身体を巡って、足や手の先からそっと熱が奪われ、同時に体の底が熱くなるような感覚を得た。ああいけない、感情に任せそうになる。

努めて深呼吸をひとつ。ふたつ、みっつ。

ああ、この際「どうして」と問うたところで、この状況がどうにかなるわけでもない。好転するわけもない。ただ、ひとより多くの世界を生きて歩いて死んだわたしが、意図するしないは別として「この世にあらざる力」でもって何かを成すとき、これを誰かのいいように利用されるのはよろしくない。わたしが誰かを害すつもりなどなくても、誰かを害するだけの力や知恵や技術を得て、知りすぎたからだ。しかしそうでなければ戦国の世を駆け抜けることなどできはしなかったし、国の存亡をかけた戦争で生き抜くことなどできなかったし、また異国の闇社会を渡り歩くことなどできなかった。

なればこそ、わたしが誰かに利用されて、多少なりともそれにまつわる被害を出すなんてことがないよう努めるべきだ。

それだけを、理解している。

だからわたしは、そう、――……わたしが、わたしのほうこそが、利用する立場に立たねば。

「――今日も佳き日となりますよう。……して、此度は?」

それが最良のバランスであると信じていたいだけだが、ならば、まず手始めにこの訳わからん宗教団体を掌握するところからはじめよう。

なに、天下統一よりかはきっと容易いことだから。

 

 

 

 

容易いことと言ったがここまでとは想定していなかった。1週間、下手すれば数日もしないうちに本部支部問わず掌握してこの手のうちにおさめてしまった挙げ句、果てには信者数もアホみたいに増えてしまったのだ。どうしてこうなった。あれか? 主に、タネも仕掛けもない神秘体験とカウンセリングもどきのダブルパンチのせいなのか。それともおまじないを込めて作った手芸作品その他のせいか? きっとそれだわ、と誰かが頭の中で囁いたような気がした。

それとはまた別に、信者尽く「わたしが言うことにはYES or はい」なんて躾けた覚えもないのに罷り通るとは誰が予想できたろう。わたしはできなかったぞ。何でも揃う。しかし、これ幸いとわたしは両親に電話をかけ、安否を知らせることができたのは大きかった。

今世の両親はわたしを大事にしてくれているひとたちであるから、考えてみれば当たり前と言っても差し支えないほどのことだが、ふたりは「早く帰ってくるように」と言う。わたしだってもちろんそうしたかったが、流石に大規模に膨れ上がり続けているこの宗教団体を何もせず放置するのはヤバい気がしていた。

気のせいでなければ、(皮を一枚剥げば、ではあるが)ヤバいタイプのメンヘラとヤバいタイプの忠誠わんこと、ヤバいタイプのヤンデレとヤバいタイプの……、えぇいとにかく語彙力が足りなくなるくらいヤバい人たちが多めに()集まってしまったのがこの団体であるのだ。ヤバくないひとももちろんいるのだけど、それが霞んでしまうほどヤバいひとたちが目立ってしまう結果となっている。あっ、わたしヤバいしか言ってない。いやマジヤバいんだって。どのくらいヤバいかって言うとマジヤバい。何がヤバいって信者たちのことだよ?

ただしそのヤバさに比例するかのように彼・彼女らは優秀なひとたちでもあった。様々な分野で活躍する、影響力のあるエキスパート揃いである。なんなら密かに随分地位や権力のある者までいたので、わたしは震え上がる思いをした。君たちそんな闇を抱えて生きていたの……? たまたま通りがかったものだからと、話を聞いてはヨシヨシ頑張ったのだねと言って回っていたらこのザマだ。懐かれた、というよりももっと重苦しくてドロドロしている気がする。えぅ……。

なんてものを掌握してしまったんだわたしは……。どこぞの教祖のようにテロなんか仕掛ける予定もないのにこれとはひどすぎるんだよな。

しかもこのひとたち、ここの信者のなかでも幹部クラスの人間であることが多いうえ、ある程度構ってやるとか司令をよこさないとすぐ拗ねてしまうのである。残念ながら彼ら彼女らがそれをやったとして、かわいいなとは素直に思えないのだが。表面上は取り繕えるいい子揃いなのだけど、裡側を覗けば大変な有様なのだ。つまりいまにも爆発してしまうかもしれない爆弾抱えたヤバいひとたちから、わたしが何も言わず目を離した瞬間「ドカーン!(死)」である。うそだろわたしはいつから癇癪持ちの園児たちの面倒を見る先生のような立場に? ね、ねえ、これ宗教団体を掌握する前よりわたしの周りの状況、ひどくなってない? ガタブルと震えてしまうが?
い、いや、逆に考えるんだ、「司令さえ与えれば、大丈夫だ」と!

そうだよ、司令を与えればいいんだよ!

しかしそれはつまり、このまま宗教団体と関係を持ち続けることと同義であった。なんてこった。悩みに悩んだ挙げ句わたしはどうにか両親を説得して、帰りをもうしばし待ってくれるようダメ元で頼んだ。今世の親はわたしを大事にしてくれているというのは前述したとおりだが、ちょっと、いや結構ゆるふわなひとたちでもあるし、わたしがなんとか説得頑張ったら、いけ……るか……?

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