「君より先に引き取った子が居てね」
5つほど離れているが何、彼女は温厚だし君と気も合うと思うぞ。
車中にほどよく響く養父のバリトンボイスで、己の人生に突如義姉というものが発生したことを知った。
「……」
両親を亡くし、唯一の肉親たる妹とは生き別れとなったかと思えば、生えたのは義姉。実感が湧かないような、あるいは義姉という存在への現実味を感じられないような。
妹の春奈が生まれてからというものずっと兄としてだけ生きてきたから、今更己より歳上のきょうだいができると聞いても違和感しかない。
それがこの時点での俺の感想だった。
「では行こうか」
「はい」
やがてエンジン音と振動が止まり、これから住まうお屋敷へと養父に連れられて歩みを進める。
(義姉ができたところで、……)
養父の背を追って進む廊下はいつになく長く感じた。
「お父様!」
おかえりなさい、と弾むソプラノが通り抜けていく。
気品を身につける過程のうちにあっても不思議と耳障りには思わない響きだ。
「ただいま、千代子」
ひとりの少女が、養父に倣って居間の框を越えた先に待ち受けていた。少女とは称するが、自分よりも幾分か「お姉さん」だ。
となると養父が言っていたのは。
「もしかして、その子が?」
互いに同じようなことを考えていたらしく、2対の視線が養父と互いとを往復した。
「ああ、紹介しよう。今日からお前の弟になる子だ」
「……有人です」
よろしくお願いします。
どこかぶっきらぼうな定型文が俺の喉から発せられても、春先の陽光さながらのソプラノは翳りすら見せない。
「はじめまして、有人さん」
こちらこそよろしくお願いします。
自分と目線を合わせるように少し屈んだ義姉が、妹と酷似した髪色で、妹とは全く異なる目の色で、花がほころぶように破顔するのを至近距離で目の当たりにした。
「───────はい、」
ねえさん、とはそのとき呼べなかった。
ねえさん、と呼んでみてもよかったし、この人をそのように呼んでみてもいいかもしれないとも思った。
けれどもしこの人をそう呼ぶとして、今じゃないという気持ちがあった。
1番の要因は、きょうだいという関係になったという理解はあれど、納得はないせいだった。
俺たちには「きょうだいである」と認めるに値するなにかが埋まっていない。
でもそれはきっとこれから埋まっていく。
あなたにはそのうち気を許して「ねえさん」と呼ぶことができる。
不確かな予感だけが根拠もなしに胸中を瞬いた。
そんな、始まりだった。
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