Life begins at night. 03

翌日、朝刊のトップはセンセーショナル極まりない話題が飾った。

「だ、大事件だァ〜〜ッ!!!!」

新聞の売り子が鞄いっぱいに商売道具を詰め込んで駆けてくる。我先にと民衆が彼らに飛びつくその様子は、どの島でも皆同じだった。

「?!!!!!!」

そして、世界中が混乱と驚愕から騒然とした。

ことの大きさに、どこの島でも新聞が飛ぶように売れる売れる。新聞社はその売れ行きに(不謹慎だ、と無言で互いに肘をぶつけ合いながら)思う存分うれしい悲鳴をあげることだろう。

売上が上がる、つまり社員(おれたち)はボーナスをガッポリもらえる。うれしいね、よかったね。

「前代未聞だわ!?」
「あ、“あの”聖地マリージョアに侵入者だって!?」
「本当か?! ボウズ、1部くれ!」
「コッチもだ!」
「まいどあり!」

とある島で売り子をしている少年は、手慣れた手つきで売りさばきながら機嫌よく返事をした。
この調子なら、もうすぐ売り切れるだろう。

「主犯格はたったの“2人”!?」
「夜中に忍び込んで、大暴れしたって!」
「居住区には倒壊した部分もあるそうよ」
「シャボンディ諸島からは今も煙が見えるって……」
「オマケに奴隷という奴隷を解放しまくって、船を奪って去っていったってよ!」
「負傷者はいるが不幸中の幸いか、死者は出てねェそうだ……」
「一体ヤツらは何者なんだ……?!」

 

聖地マリージョアといえばレッドラインに位置する、天竜人が住まう場所。この世界の常識だ、知らないものは(赤子を除き)ほぼ皆無だろう。

天竜人​───────《世界貴族》とも称される一族である、​​───────は、この世界のヒエラルキーの、頂点に座していると言っても過言ではない。圧倒的ともいえる強大な権力を持ち、ちょっとでも気に食わないことがあると海軍大将を呼びつけるし、民衆を虫ケラほどにしか思っていない傍若無人の塊たち。下手にかかわり合いになればヒト以下に堕ちて彼らの奴隷となるか、死ぬかの二択だ。あんなもの、ヒトの形をした災禍と変わりない。

そうであるはずの、その《世界貴族》が蔓延る場所へ、無謀にも夜襲を仕掛けた命知らずがいた、と。

 

その日、同時に手配書が全世界に出回った。
ひとりはフィッシャー・タイガー。

もうひとりは……​───────そう、千代子である。

しかし手配書の写真には彼女の顔は写っていないし、彼女の名前も載っていない。けれど指名手配はされている。

何故か。

それは潜入当時、千代子は「“聖地”とか言われてるすごい場所に行くんだから、ちゃんと相応しい格好をするべきだよな(?)」という謎理論(あるいは自論)を発動したのがきっかけである。それで、遠いむかし恩人から譲り受けた一張羅《竜戦士装備》に身を包んだ状態でマリージョアへと乗り込んだのだが……。

「謎の男“白騎士”UNKNOWNってなんじゃそら……」

彼女が当時身につけていた兜がその顔を完璧に隠していたがために、現在“こう”なっているというわけだ。

その結果、性別を盛大に間違われるわ・安直な通り名がつくわ・UNKNOWN呼ばわりされるわのトリプルパンチである。

(まあそうね、正式に名乗らないまま顔隠してたもんね)

しかし、千代子からしたら都合がいいのは確かだ。
だって正体不明なら、指名手配されている人物と千代子は等号で結びつかないままということだから。

(バレない間は)これからもフォスやシンシャと気ままに世界中を探検できるので、千代子は「じゃあいいや」と笑った。

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