「……という経緯であなたを拾いました」
「…………」
場所は丘の“学校”、ミニオン島で彼を発見してから現在数日が経過している。
彼にと貸し与えられた部屋で千代子は静かにここ数日の動向だけを淡々と説明した。
(シンシャに言わせれば)“炭男”は、黙ってそれを聞いていた。ただ表情は驚愕だったり安堵だったりとあまりに心象を雄弁に語っていたし、途中小さく「えっ」とか「何?!」とか(多分無意識なのだろうが)声が漏れていたけれど。
(……もしかしてうっかりさんなのかな?)
千代子はきもち頭を傾げた。
先の深い傷を負うような経緯の内にトラウマを想起させるような何かがあって声が出なくなるのならわかる。
けれどこの反応は違う。
こちらに警戒しているために「声が出ないフリ」をしていて、ウッカリ声を出してしまったように思われた。しかもその声を相手に聞かれるだなんて欠片も思っていないような……?
よく分からないが、なにかそういう手立てを持ち合わせているつもりだったのだろうか。「はやくローを探しに行かないといけないのに、」とか現在進行形でめちゃくちゃ情報垂れ流しなんですけれども。
「……あの、おにいさん、おにいさん、全部顔にも声にも出てますよ」
「はっっっ!!! またドジった!!!?」
(うっかりさんっていうよりドジっ子さんだったかあ……)
千代子は吹き出しそうになるのを誤魔化す意図もあって微笑んだ。
「こうなっちゃ仕方ねぇ……おれはロシナンテ、ドンキホーテ=ロシナンテだ」
(この状況で自ら名乗った……だと……?)
千代子の笑みが深くなった。(もうお気づきのことだとは思うが)微笑ましかったからではなく、久しぶりに面白い生物と出会ってしまったが故の行動だった。
めちゃめちゃ脚が長くて(千代子が治療のために落としたけれど)バチバチにメイクをキメていた顔のいい男が(本当は話せるってことを)勝手に自爆して勝手に観念して名乗る。しかもすごく真剣そうな表情で。
「死ぬのを待つばかりだったおれを助けてくれて、感謝してるよ……! だがおれには行かなくちゃならねえところがあるんだ!」
「それは、今すぐにもですか?」
「あぁ……!!!」
「そうですか。けどあなたの傷はまだ完全には癒えてませんよ」
「それでもい───────」
「良くはありませんねえ。しかし、あなたの事情は全く存じませんけど一刻を争う事態、……そうなんですね?」
「、ああ」
「じゃあこっちもなる早であなたの怪我が完治するよう頑張るんで、その間だけでいいからリハビリがてらここで子守りしてください」
「……???? あ、ああ」
▼ 千代子 は 言質 を とった 。
▼ “炭男” 改め “うっかりさん” 改め 、ドジっ子代表 ドンキホーテ=ロシナンテ が “丘” の 仲間入り を 果たした !
そうしてロシナンテは(日常生活をする分には問題ない程度まで治療を受けてから)身長1.4mあるかないかの小人たちの前に突き出された。遊び相手として。話を聞いた時点でウッカリ踏み潰さねえかなおれ、と心配になったりもした。
「ロシナンテ!」「ロシナンテ遊ぼー!」「うわ本当に大っきい!」「ぼくたちなんか隠れられちゃうね!」「ばあ! 顔だけひょっこり出せる!」「楽しそうだからわたしもやる!」「ばあ!」「ばあ!」「楽しいね!」「ねー!」「ほんとに黒くてふわふわ!」「ファッション!!!!!!」「うわまたレッドベリルが発作起こした」「あっロシナンテがレッドベリルの勢いにびっくりして転けた」「ちょうどいい。彼、解剖してもいいですか?」「ウワーッ、ルチルが興味津々だ」「ほんのちょっと、先っちょだけならいいですか?」「だめだよ?!!」「ふふ、冗談です」「全然冗談に聞こえなかったよお……」
ロシナンテは生まれて初めて転校生気分を味わった。
悪くない気分だった。
次の瞬間、すぐに解剖実験の危機に見舞われたが。
ルチルと呼ばれる、白衣を纏って鋭利そうな見た目の人物にちょっと肝が冷えて、無意識にロシナンテは千代子の後ろに隠れた。全然隠れてなくて思いっきりはみ出ていたし、なんなら着ていた黒いもふもふのコートからほかの小人たちがひょっこり顔を出していたので絵面がすごかったけれど。
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