「…………!?」
“先生”曰く、「フォスも“先生”も『にんげん』じゃない」という。フォスについてはあの髪や目の煌めきからなんとなくそうじゃないかなあと思っていたけれど“先生”もなんだ。
千代子は何気なく数回頷いた。先程頬に触れた手がひんやりしていたのは、気のせいじゃなかったのだ。
(じゃあつまり、わたしってば現在進行形で正真正銘『ひとりぼっちの“ヒト”』なんだなあ)
千代子は自分でも驚くほど至極冷静に“先生”の話を聞いていた。呑気にも(全く知らないうちに絶滅危惧種になっちゃったなあ)などと普段通りのゆるゆるさを発揮してもいた。
“先生”曰く、ここは隕石が6回落ちてきて地上の人間が滅亡した後の世界であるそうだ。千代子からすれば遠未来の地球とも言えよう。
陸上生物も殆どが死に絶えて、唯一残った陸地は“丘”と呼称されるこの孤島だけ。資源に乏しいこの孤島にはヒトの形をした宝石たちが“先生”と共に暮らしているのみで、他の知的生命体は確認されていない(今は千代子がいるけれど)。
そしてこの“先生”、6度目の隕石落下により滅亡する前の人類が造りあげた《機械》なのだという。それなんてSF? 西暦20××年を生きていた身としてはとんでもない精巧さ・精密さを兼ね備えた存在に感じる。だってこんなに動作や応答が自然で、独特な稼働音を(全くといっていいほど)させないんだよ?
千代子は工学に明るくないが、だからこそ「にんげん」とほぼ変わらない日常動作を継続してできる機械ってそう簡単には作れないように思っている。きっと遠未来の人類の叡智の結晶なんだろうな、と千代子は密やかに目を輝かせた。
……はて、ところで“先生”が機械だというのなら一体だれが“先生”をメンテナンスしていたんだろう?
千代子はふと疑問に思った。隕石が6回落ちてきたとかいうのが数千年前、その頃には既に“先生”が誕生していた───────と、なると……?
気のせいだと思いたい“そら恐ろしさ”を感じながら(恐る恐る)尋ねる。
「そんなことはこの数千年してこなかった」
「なんて?」
「そんなことはこの数千年してこなかった」
「2回も言った!?」
嘘って言ってよお……。
卒倒しそうな回答が繰り返されて、千代子は本当に今すぐ気を失ってしまいたかった。それってつまり宝石たちの文明レベルではメンテナンス不可ってコト……? それとも宝石たちには機械だってことを伝えてない……?
なんでそんな……誰かメンテしたげてよお……、と千代子が思ったところで「いやメンテできる人類皆死んどるやないかーい」と自分自身によるツッコミしか入れられなくてもっとメンタルが削れた。とても悲しいけれどこれが事実なのだ。
と、ここで(それなら、現存する人間としてメンテナンス担当すればいいじゃない)と考えるのが千代子である。
マ、機械のことなんかこれっぽっちもわかんないんだけどネ!
さっぱりポンの門外漢であるからして、千代子に今できるのは今までの人生で身につけてきたことだけだ。しかしそれらの幾つかは、発展させれば少しは活用出来ることもあろう。錬金術とか、解析魔術とか。
千代子はひとり決心して、満足げにウンウンと頷いた。
“先生”はその様子を見て(にんげんがなんだか嬉しそうだなあ)と思い、真顔のまま密かに周囲に花を飛ばしていた。
あの後も引き続き“先生”、つまり金剛からいろんなこと───────例えば、今までの歴史や島のこと、ここでの常識なんかを教えてもらった。それは本来、生まれたての宝石に施す授業のようなもの。これを千代子が吸って吸って吸いまくって吸収しているうちに日は暮れて、とっぷり夜になってしまった。
金剛先生はなんだか眠そうだ。
正確な時間は把握していないものの、千代子も(影響を受けたのか)眠気を感じたのでその日はお開きとなった。
そして翌朝。
千代子はいま朝礼の席にて、フォスによってたくさんの宝石たちの前で紹介されている。(この施設が『学校』と呼ばれているせいもあって)久しぶりに転校生の気分だ。そわそわする。
「───────それでね、僕や皆より背が高くてね、……」
自分のことでもないのに、フォスがまるで我がことのように自慢げな口ぶりで千代子のことを話すものだから、千代子はうれしくて・微笑ましくて頬がゆるんだ。金剛から聞いたところによると、フォスは今のいままで(なんと200年以上も!)末っ子として扱われていたので、下の子ができてうれしいあまりこのように振舞っているらしい。とってもかわいい末っ子チャン……ううん、お兄チャンだね。
「───────というわけで、今日から新しく僕たちの仲間になったチヨコでーす!」
呼応するように千代子が「よろしくお願いしまーす」と言うが早いか、目の前にワーッと宝石たちが殺到する。その勢いたるや、台風がこの場を通り抜けたかのような風圧。もちろんこれは誇張表現であって部屋の中を局所的に台風が移動するようなことは瞬時には起こりえないのだが、如何せんグイグイ来る。千代子の主観的な驚きが、まさに彼らの勢いを加速させたように錯覚する要因となったのだろう。
「ホントだ、僕たちより背が高いねー」「先生よりはちっちゃいよ」「目と髪の色がそれぞれ違うんだね、珍しい」「髪はラピスに似てるね」「じゃあ目はパパラチアかな?」「レッドベリルにも似てるよ」「硬度はいくつ?」「劈開は? 靱性は?」「戦えるのか?」「ボルツったらすぐそれね」「髪が長いからヘアアレンジするのきっと楽しいね」「ねえ、モデルやらない?! モデル!」
うーん急募、聖徳太子。
どの話題から手をつければいいものか千代子は困ってしまった。
「…………ふふ」
しかし宝石たちの純粋な興味や好意的な態度を一心に受け止めることで、少しは心が癒えたように感じたのも確かだ。
「ちゃんと答えるから、質問は1つずつ聞かせて?」
この子たちとなら、うまくやっていけそうな気がする。
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