結論から言うと、“先生”は許可を出した。
フォスフォフィライトが、女とともに海の外を調査してくることを認めてくれたのだ。
今まで何の仕事も与えられなかったのに、ついにフォスは自分の心を満たしてくれそうな仕事にありつけそうなのである!
嵐が明けてからいちばん最初の会議でそのことが発表されると、フォスは「おめでとう」とたくさんの宝石たちから祝われた。「まだ仕事もらってなかったのか」とか、「やっとだね」とも言われたが、カッコイイ仕事にありつけることが決まったフォスの前には些事だ。笑って全部「ありがとう」で流した。
昼を過ぎて、夕方へと足を踏み入れる頃のことだった。
「いいなーフォス」
「よかったねフォス」
「丘の外かあ」
「何があるんだろう」
「ちょっと怖いけど、面白そうだよね」
「うらやましー」
「えっへん!」
「わたしたちにはわたしたちの仕事があるから任せるわ」
「まあフォスは何かしらしくじりそうだけど」
「あっ、なんてこと言うの!?」
「でもフォスには“師匠”がいるんだから平気でしょ?」
「あの子がいるなら大丈夫だわ」
「わたしたちより大きくて、先生よりは小さいけど、強いし」
「フォスを任せても割れないくらい柔らかいし」
「わたし達よりずっと若いけど、いろんなこと知ってるし」
「この前だって、月人を追い払ってくれたし」
「じゃあ安心してフォスを任せられるね」
「……」
「……」
がやがや。がやがや。
話が弾んでも会議は踊らなかったので、「外界調査」についての細々した準備などの事項がつつがなく決まっていった。
気づけば空が夕陽のベールをかぶり、夜色に染まるのを待っている。
夜になれば、もう光を浴びることもないのでやることはほぼ無いに等しい。宝石たちの大部分は自室へと引き返していくだろう。
「そろそろお開きにしましょう」
「そうだな、もうすぐ夜になるし」
「解散!」
「かいさーん」
「最後に一言言いたいひとー」
「はい!」
「ではフォス」
「すごい偉業を成し遂げて帰ってきちゃうんだから、みんな期待して待ってなさいよ!」とフォスは鼻高々にふんぞり返った。かつてこんなに気分が高揚したことがあっただろうかというくらいである。
そして、「じゃあ僕ってば忙しいのでこの辺で!」と踵を返すとどこかへ足早に去っていった。
それを見て「末っ子がまたなんか言ってるわ」と宝石たちはクスクスと楽しそうに笑った。わざわざ宣言しなくてもいいのにね、と。
一部があんまり早く走ろうとするとひび割れちゃうぞー、気をつけろよー、と茶化しながら、フォスを見送った。
「───────シンシャ!」
フォスが向かった先は鮮明すぎるほど黄昏時の色へ染まった、北の崖───────通称“虚の岬”だった。正確には、そこでこれから夜の見回りをするであろうシンシャのもとへ。
「っぁ、わ!」
「……全く不用心な三半だな、足元くらい気をつけろ」
どしゃり。
勢い余ってフォスは転倒した。
幸いやわらかな草の上だったので、割れずに済んだからよかったが。
それよりも、それよりもなのだ!
フォスばガバッと顔を上げてシンシャをキラキラした眼差しで見つめた。
「、ッシ、シンシャ!!!」
「…なんだ」
「『見回りよりもずっと楽しくて、君にしか出来ない仕事』だ!!!!」
「……ッ!?」
急に飛び込んできたフォスの言葉が待ち望んでやまないものだったためだろうか。シンシャは衝撃のあまり、金縛りにあったかのように固まった。しかし、そんなシンシャの心中なんか気にもとめず、フォスは言葉を重ねる。
「僕と一緒に、この丘の外を見に行こう!!!!!」
「、なに?」
「師匠も一緒に、丘の周りを調べるために海へ出るんだよ!」
シンシャがいま理解出来たことは、「フォスフォフィライトが約束を果たしにきた」ということだけだった。
夢物語が、夢物語じゃなくなるかもしれない。
それはシンシャの内に膨大な歓喜の念を溢れさせるものだった。が、慎重な彼はいくつか確認するべきことがあるのも感じ取っていた。
「待て…………順を追って説明しろ」
*******
「───────ってワケなんだけど……伝わった?」
「あぁ何とかな……」
シンシャは未だ衝撃の大きさと明け方までかかった事情聴取とその結果得た情報にくらくらしているが、先ほどよりも気分が高揚しているのも確かだった。いやそれ人間で言うところの深夜テンションってヤツでは、と突っ込むような無粋なのは今ここにはいない。深夜テンションの多少の関与は否定できないのだが、万一それを指摘したところで、「フォス───────シンシャが言うところの三半───────の興奮に感化されたに違いない」と照れながらにして断定することだろう。そして実際のところ、あながち間違っていないのだからなんとも言えない。
だってフォスは確かに、シンシャに一縷の希望を垣間見せた。
“外界調査”。
先日7日間もこの丘に居座った大嵐、あれが過ぎ去った後に生じた未知を既知へと変えていくこと。
これにシンシャも一緒に参加しろと言ったのだ、この三半は。
「一緒に来て」とフォスフォフィライトが言った時点で既に答えをわかっているのに、もう一度答え合わせをしたくて、でも怖くて、シンシャは口を開けては閉じた。そのモゴモゴしている様子からフォスがシンシャの意図に気づくほど察しがいいなんてことはない。
……そのはずなのに、フォスは見透かしたかのように、
「シンシャが必要なんだよ! だから僕と一緒に来てよ!」
と言ってのけた。
あまりに真っ直ぐで、純粋無垢な言葉だった。
───────シンシャが思った答えは、“合っていた”のだ。
もうそれだけで、シンシャはフォスの提案を呑むことを決めてしまった。
正直に白状すると、このときフォスはシンシャがどんな言葉を欲しがっていたかなんて何もわからなかったし、察することなんか出来なかった。そんなこと、シンシャにだってわかっていた。
けれどフォスの誘いの根底が、例えどんなに打算的だったとして、どんなに他力本願だったとして、シンシャにすればひとりぼっちの闇夜よりずっと良かった。あの日、あの三半が自分に約束したことを、ちゃんと叶えてくれようと動いてくれた。
闇夜から連れ出してくれるなら、誰だってよかった。
これはシンシャの本音だ。
だけど、フォスが連れ出してくれた。
それが事実で、それが全てだ。
───────そろそろ、夜が明ける。
*******
───────夜通し事情聴取したあの日。
外界調査についてきたら、という前提での話も三半は(シンシャが頼んでもいないのに)してきた。
シンシャがネックに思っている水銀のことも、三半の“師匠”はどうにかしてくれるそうだ。その説明の際、マリョクソーサがどうとか言っていたが、シンシャにはさっぱり分からなかった。ちゃんとこちらに分かる説明をしてほしいものだ。
「それにしても三半、お前説明下手すぎないか? 字を書くのが下手で、……読むのは及第点にしても、これはちょっとどうかと思うぞ」
「そんなにズバズバ失礼なこと言う?! まずはもっとほら、『フォス先生、説明してくれてありがとうございます』とかそういうのないの?!」
「うるさい。…………その、………………ぁ……ぅ」
「なんて?」
「……お前には俺のようなお目付け役が必要かもしれないなと言ったんだ」
「なんだとおー!」
(……ほんとうは、『夜明けへ連れ出してくれてありがとう、フォス』って言ったんだ、……もう三半には言ってやらないが)
コメント