ある日、ぼくらは 中

「​───────ということで、フォスと一緒に島の外の世界を見てこようと思います」
「ます!」
「……………………」
「えっ、反応がない」
「先生、先生ったら」

元気いっぱいに告げるふたりに対して、“先生”は沈黙を示した。

「……先生?」
「もしもーし、“金剛”さーん」

えーと、もしかしてこれ、寝てる?
フォスと女が顔を見合わせてこそこそ話をしていると、“先生”は「……寝てはいない」と仏頂面。基本表情変わらないからわかりづらいけど、少しむくれているようだ。2m以上の背丈をもつ成人男性超(!)の筋肉質な体格で遺憾の意を表明されるにしても、内容が内容で、女は少し笑ってしまった。

「や、先生あれ完璧寝てたでしょ」
「いや、寝ていない」
「まあ金剛さんが実際に寝てたかどうかは別にいいですよ、本旨に関係ないので。それよりもですね、先日の『7日間にわたる大嵐』についてですけど」

ちょうど1週間前、この“丘”を酷く強い嵐が襲った。
暴風雨が7日間も続いて、学校の外になんか出られないほど。うっかり外に出たりすれば、踏ん張ったところで海に投げ出されて溺れてしまっていただろう。
そんな嵐がやっと、今日の未明に明けたのだ。

その間、島のみんなは安全第一との“金剛”の判断で自室に籠らざるを得ずにいて、フォスも例に漏れなかった。

「……アレか」
「アレです。嵐が明けてから、“丘”に異変が出ているんですよ……ね、フォス」
「うん! 先生、外が変なんです! ここには、えーと、トリ?」
(合ってるよフォス)
「​───────トリなんて居なかったはずなのに、浜辺にニャアニャア鳴いてて」
「なんだと?」
「多分ここからも見えますよ、ほらあれ」

先ほどの個体かは分からないが、女がウミネコを指さす。
“先生”​───────金剛はそれを目で追って、空中にいることを確認すると驚愕の眼差しを露わにした。言葉にもならないのか、口がはくはくと開いては閉じを繰り返す。

「金剛さん、」と女は名前を呼んで寄り添い、「たぶん、この“丘”が変わったというより、“丘”を取り巻くすべてが変わってしまったんじゃないかと思うんですよ」と語りかけた。

「わたしの推測では少なくとも、わたしや金剛さん、フォスやみんなに変わりはないはずなんです。……ないよね?」
「ないです師匠!」
「……おそらく」

けれども、外“は”様変わりしてしまった。
この数千年の歴史上、今まで丘にいなかったはずの、鳥がいた。
海にも、魚や他の生き物の気配を感じる。

一度、絶えたはずなのに?

そうなれば、もはやこの島が丸ごとどこか違うところへ“飛ばされてしまった”と言うほうが自然だ。絶えたものがある日突然蘇ることなど、(魔法や復元するような文明などがない限りは)ありはしないのだから。

地上に住まう動物が姿を消し、極僅かな生物が海へと逃げて久しい。進化は生存戦略の形であるがゆえ、また彼らが再び地上に上がってくるとしても、生きるための資源に乏しく厳しい環境ならまず選ぶまい。たとえ別種のものが進化の収斂の末似ることがあっても、環境の推移が元のものと著しく異なるならばその可能性は極めて低くなろう。

そして、大前提として環境に適さなかったから大部分の生き物は死に絶えたのだ。

北極の地に恐竜が栄えるか?
​───────否。

砂漠地帯にマンモスが栄えるか?
​───────否。

極論を言えばそういうことだ。

この丘に、フォスや金剛たちしかいないのは、過酷で不毛な環境に耐えられる生命体が凡そ彼らしか該当しないからだ。

光を栄養とする生命体。
宝石で構成されたヒトの形。
それが彼ら、鉱石生命体なのである。

(そう、“フォス”とは『フォスフォフィライト』、すなわち燐葉石の略称であり、彼の愛称なのだ)

 

話を戻すが、経緯は分からぬとはいえこうして環境が一変した。

動物がいるなら、もしかすると人間がこの世界にいるかもしれない。
女の他に、生きている人間が。

それはつまり、資源や文明が期待できるかもしれないということで、逆に「宝石を狙うようなものがいるかもしれない」ということでもあった。

女には、宝石を美しいと思う情緒はあっても、こうして生きている彼らを砕いて磨いて装飾品などに加工するつもりはなかった。あるがまま、思うままに生きていればいいとさえ思っていた。

けれど、他の人間はどうだろう?
この島へたどり着いて、宝石の彼らを見たら。
大喜びで売り捌いて、巨万の富を得ようと欲望に塗れたその手を伸ばすだろう。人間の欲は際限がないから。

そのとき、宝石たちはどうするだろう、どうなるだろう?
女の存在には慣れただろうが、他の人間と出会ったらその腹の中が知れなくとも同じように接してしまわないだろうか。かのアホウドリのように蹂躙されて、消えてしまう気がしてならない。宝石たちはそれぞれが個性的とはいえ案外お気楽で、ふわふわで、……気質が似ているので。

女は海へ出る前に、この島へ人間がたどり着かないような呪い(まじない)を施す必要があるな、とひとり頷いた。

詳細は省くが、ある日突然“丘”に不本意な不時着、死にかけていたところを助けてもらったときの恩人​───────正確には人間ではないのだが​───────が彼らであったからだ。

「外が危ないかもしれないのは分かっています。でも、どうあれ調べないといけない。何も知らないのがいちばん危ないですから」

そして女が海の外を望んだのは、フォス​───────フォスフォフィライトにたくさんの景色を見せてやりたかったからだ。

かつて女がここに落ちてきて、いちばん最初に世話を焼いてくれたのがフォスフォフィライトだった。その行為は純粋に女のためというわけではなかったかもしれないが、女の心に最初に染みた。
それだけの事だったが、女にとっては大きなことだった。
あたたかくて、やさしかったのだ。

フォスは、恩人の中の恩人と言ってもいいだろう。

そのフォスにできることを、その選択肢を、増やしてやりたかった。道を示すことで恩返しになればと、その一心だった。

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