ある日、ぼくらは 上

“丘”と呼ばれる、とある島の校舎の教室にて、ふたりの人間が隣合って海辺に面した窓の景色を眺めている。ひとりは成人女性で、もう片方は……少年だろうか、中性的な風貌のため性別は不明だ。

「フォス、この国の成り立ちの序文を暗唱してみてくれる?」
「急になんなのさ……まあ“師匠”の突拍子のなさはいつものことだからいいけど」

どうやらふたりは師弟関係にあるらしい。
それにしては弟子​───────フォス、と呼ばれた方の態度はかなり砕けている。きっとそういうところに重きを置かない師匠なのだろう。

「じゃあ今から暗唱するからね、ちゃんと聞いててよ?」
「はーい」

“この星は 6度流星が訪れ 6度欠けて
6個の月を産み 痩せ衰え
陸が ひとつの浜辺しか なくなったとき
すべての生物は 海へ逃げ
貧しい浜辺には 不毛な環境に適した生物が現れた​───────​”

澱みなく滞りなく、フォスが詞を諳んじる声は空へと解けていく。
薄荷色の美貌はその声と同様に“透き通って”いる。さながら、鉱物のひとつであるフォスフォフィライトのように。
フォスは続く詞も得意気に空気を震わせた。

「フォス、ちゃんと覚えててえらいね」
「ふふん、これくらい僕にかかればね! 楽勝ですよ」
「うんうん、さすが我が弟子。よく出来ました」

“透き通る”というのは比喩でもなんでもない。
彼(もしくは彼女)の髪や目が光り輝いているのだ。
彼が太陽の光を浴びるたび、ミントソーダを注いだグラスを遊ばせるかのように煌めいた。

「……ねぇ、フォス」
「なあに、師匠」
「この島には、鳥とか生息してなかったよね?」
「え? ……そんなの当たり前じゃん、“すべての生物は 海へ逃げ”って序文にあったでしょ」
「そうだよねえ? その序文の通りなら、動物らしい動物はみんな居なくなったはず……でもあの空飛んでるのって」

鳥なんだよなあ、と女が困惑を隠さず呟いた。

「鳥? あのへにょへにょしながら浮いてるのが?」
「、ふふ……うん、あのへにょへにょが鳥」

翼を動かす動作を“へにょへにょ”なんて形容されて、不意打ちを受けたように腹筋の震えを堪えながら女が答える。弟子の発言を可愛らしく思ったのか、女は弟子の頭をふわふわと撫でた。弟子は当然のようにそれを享受する。撫でられ慣れているらしい。

「僕、鳥なんて初めて見たなあ」
「1度も見たことないって言ってたもんね」
「あ、なんかミャアミャア鳴いてる」
「あれは鳥の中でも『ウミネコ』ってやつだね」
「鳥にもいろいろあるの?」
「もちろん。宝石だって、フォスの他にダイヤとかシンシャとかいっぱいいるでしょ? 同じことだよ」

そっかあ……そうだよね、とフォスが空を見上げる。
その横顔は無意識なのか未知への興味で彩られている。
その表情を認めて、女は決意した。

「ね、フォス」
「なあに、師匠」
「“先生”に頼んでさ、この島の周りを一緒に調べてみようよ」
「それ、“仕事”? ……なんだかパッとしなくない?」
「まさか。一番乗りで謎を解明する係なんだからカッコイイに決まってるよ」
「カッコイイ?」
「めっちゃカッコイイし、みんなに羨ましがられる」

その師匠の(一番最後の)言葉を聞いて薄荷色の美貌が歓喜に満ち溢れた。取らぬ狸の皮算用とはいえ、将来の名声や賞賛への渇望が勝ったらしい。

「やる!!! よーし、そうと決まれば『ゼンはイソゲ』だ!!!!! あ、使い方あってる?」
「合ってるよー」

女は弟子に引き摺られるようにして、“先生”の元へと向かった。

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