死神を背負って君と歩く 04話

 

初対面なのに、オレの名前を知っていて、姉さんと顔見知りだとかのたまう女。チヨコと名乗っていたが、こんな場所でヘラヘラ笑っていられるなんて、どんな神経をしているんだ、と当時は思わずにいられなかった。

「へへ……、おぃちゃーん」

「おーぅ、どうした」

「随分と待たせたけど、もういいよぉ、……準備万端」

──いつでもやれるからねぇ。

間延びした口調とは裏腹に、場の雰囲気は張り詰めていきながらじわじわと歓喜にみちていく。一体なにが起ころうとしているのか、オレには皆目見当がつかないまま。

異様な雰囲気に呑まれそうになりながら、じっとしていると、斜向かいの牢からドカッ、バキッ、と殴り合う音が聞こえた。次いで、「何しやがる!」「うるせえ、今度こそ我慢ならねえんだよォッ!」と怒鳴り声。

争う様子を察知したのだろう、ガシャガシャガシャ、と看守役と見回りの兵士たち数人が近づいてくる。

「お前たち、静かにしないか!」

声を張り上げて注意するが、喧嘩している男たちには聞こえていないようだ。それでもなんとか止めようと、ひとりの看守が鍵を開け、牢屋の中に入ってまで男たちに近づく。しかし、当の看守はその喧嘩に巻き込まれてしまったうえ、収監されていた他の囚人たちにも囲まれ、もみくちゃにされているようだ。扉の外にいたうちのひとりは援軍を呼ぶためか大急ぎで出ていったらしい。もうひとりは牢屋の中にいる仲間に加勢するために自分も入り、残りは入口を塞いだ。

人の身体で遮られ、中の様子はうまく見えなくなってしまったが、相変わらず打撃音は止まず、加勢した兵士もその意味を為していないらしい。

 

ガシャン。
ガシャン。

ギィイイィイィイイィ。

看守たちが喧嘩に気を取られている間に、金属が地面に落ちる音に続いて、重い扉が開く音が、向かいの牢屋からした。

(囚人は、鍵を持っていないから、扉を開けられないはずなのに?)

まさか、と思って顔をそちらに向けた。

「っ?!」

ヘラヘラしていた女──チヨコが、手枷や足枷を自力で外し、無理やり牢の扉を開けた音だったらしい。チヨコはこちらの視線に気づいて笑みを浮かべ手を振ると、騒ぎの起きている牢屋に向かって足音ひとつたてず跳躍した。

「ガッ?!」

「グェッ」

間もなくドタドタと人が倒れる音がして、さも喧嘩なんか最初からありませんでしたよと言わんばかりの静寂が戻る。

「よっしゃ!」

「だが、まだ暴れたんねぇよな!」

しかしそれも一瞬のことで、すぐさまうれしそうな男どもの声が響いた。

「こらこら、発案者のわたしが言うのもあれだけど、あなたたち怪我してるんだからちょっと待ちなさいて」

《ホイミ》、と回復呪文が響く。チヨコの両手が特有の光を纏って、男どもにかざされたので、詠唱は一回なのに呪文を2回分発動したらしい。当時はよくわかっていなかったが、今にして思えばよくもまあそんなとんでもない高等技術を披露していたものだ。──本来 “それ” は、「やまびこのぼうし」という特定の装備品を身につけた上で起こり得るものだったから。

「おぅ、あんがとよ!」

「助かるわー」

「いいって、こちらこそ協力してくれてありがとう……さてと」

チヨコは兵士の装備品を漁ると、腰に佩いていた剣をとって切っ先を掲げた。そしてあたりを見回して、ひとつ頷く。

「こいつらここにブチ込んでおいて、みんなも抜け出そうか」

応、とその場の声が揃った。男どもが手際よく兵士たちを牢屋に投げ込んだ。

いつの間にか、どこから集まったのか老若男女集まっていた。

「……あぁ、そうだ、うっかり忘れてた……ちょっと待ってね、1分もしないから」

テリーくん、と、このタイミングで名を呼ばれる。突然のことでうまく反応できなかったが、その瞬間鉄格子が急に切り刻まれて、目を見張った。チヨコが兵士から奪ったその剣で鉄格子をバラバラにしたのだった。

先ほどと違い、スタスタと足音立ててこちらに近づいてくる。

「……!」

「《ホイミ》」

思わず目を瞑ってしまったそのタイミングで回復呪文がかけられた。

「こんなところからとっとと脱出しちゃおうね」

──大丈夫。なぜなら、まずここにわたしがいる。脱出して、はやいとこきみのお姉さん探しにいこうよ。

立膝で、チヨコはこちらを向いて、笑っていた。

「ほら、おいで」

チヨコが腕を広げる。その言動の意味を反芻する前になぜかオレは安心感を覚え、頷いていて、そしてチヨコは「よっこいしょ」と言うと立ち上がるついでにオレを片腕で抱き上げた。

 

「……じゃあ手はず通りにね」

軽くおさらいしておくけど、戦えない人たちを中央に、戦える人たちで周りを囲いつつ外を目指そう。敵さんは、基本全部わたしがやるよ。そう多くはならないと思うけど、残った敵は任せるね。殺さず、倒すだけ。

淡々と告げるその様子がさっきまでの雰囲気と全く違うのに、浮かべる表情がさっきと同じヘラヘラとしたものだったから、オレは動揺してばかりだった。

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