それを愛と気付かぬまま籠絡 09

――今日は朝からわけがわからない。

「あ、悟くんおはようー」
「ん、おはよ」
「わーっ、おはよーございます!」

朝、珍しく早く起きたからとっとと登校して、もう教室にいるであろう千代子に会おうと思ったら、千代子が謎の丸い人形を抱えていた。

なに、それ?

……、いまそいつ喋らなかった? 俺は幻覚でも見てるの? 千代子お前、昨日までそんなの持ってなかったよね? 呪骸、にしては夜蛾の意匠じゃねえな……、あいつ謎にファンシーな呪骸つくるけど、なんだ、タイプが違う。こいつ、ゆるふわに全振りしてるから、毒々しさの欠片もねえもん。

あれ? こいつ、呪力以外にも‘‘何か’’纏ってんな……?

「……待ってそいつ何――」
「今日は硝子ちゃんと夏油くん、朝から任務?」
「あいつら任務なのはそうなんだけど、俺の質問無視しないで?」
「ぼく、おばけちゃんです! よろしく!」
「挨拶ができて、えらーい!」
「えへへー」

この流れで能天気に挨拶なんかしやがって、なんだこの丸いやつ。えへへじゃねえよ。

「おばけちゃんって何、なんだその安直な名前」

おぉっと、思わず声に出してしまった。

「それ! 昨日ぼくも思ったー! でもおかーさんが言うには『わかりやすいのがいいよね』って! たしかにーって思ったよ!」
「うふふ、ね〜」
「ね〜!」
「……おかーさん、だあ?」
「うん、千代子おかーさん!」
「千代子が?」
「そうでーす」
「じゃあ名付けたのも?」
「わたしだよ?」

……なるほど、ゆるふわ千代子がつくった、ゆるふわおばけが、こいつ。

「いや意味がわからないんだけど??????」

「……それで昨夜、真理江が創りだしたのが――」
「ぼく! おばけちゃんです!」
「――というのか????」

昨日今日で展開が爆速すぎねえ? 瞬間風速更新し続けてんじゃん。ほらほら、さしもの夜蛾もポカンとしてんじゃねーか。

「やー、昨日いろんなこといっぺんに知ってしまって、頭ゴチャゴチャするし疲れたなーって思って、深夜テンションで『じゃあ精神統一しようかな』とか思いついちゃった結果がこれですね」
「マジ? 疲れたなら寝よう?????」

・いろんなことをいっぺんに聞かされて疲れる ←わかる
・そのせいで頭がゴチャゴチャする ←まだわかる
・深夜テンションで「じゃあ精神統一するか!」 ←わからない
・精神統一のため呪骸つくる ←なんで????

俺正論は嫌いなんだけどさ、相手が千代子だから突っ込まざるを得ないな? 千代子さんあのね、普通の人間は深夜テンションで術式使わないし使えないんだよ? お前案外イカれてるのか、最高だな、そういうとこあったのか。うわぁ、そういうのすき(ザルすぎる判定)。

「つか、それ呪骸なの?」
「構成する際の理論的な骨組みはそうだよ、でも呪骸かと言われると……どうなんだろう、新しい生きものというほうが近い……?」
「ほねほね! ぼくの骨は呪骸?」
「んー、ちょっと違うねー」
「ちょっと違うのかー、そっかー」

ところでおばけちゃんとやら、まじで流れ粉砕するのやめよ?

「……なんだか実演して見せたほうが早い気がしてきました。」
「頼んでもいいか?」
「はい。ええと、悟くん」
「なあに、千代子」
「悟くんの目で、どうなって『おばけちゃんができあがってるか』観察してもらっててもいい?」
「……いいよ、面白そーだし」
「ありがと〜、自分の視点じゃわからないこととかあるからさ、客観的意見がほしかったんだよねえ」

それにしても、術式の使い方を千代子は編入してきてからまだまともに教わってないはずなのに、本当に面白い展開だなこれ。俺の知る限り千代子がここに来てから教わったのは呪術界のあらましを少しと、呪力の基本的な使い方と、呪骸の理論(それも入門レベル)くらいのはずだ。一般家庭で生まれ育ったから、呪術のじの字を今やっと知ったくらいだろうに。

「場所はここでいいのか?」
「大丈夫ですよ、じゃあ――」

はじめますね、と言って千代子は席を立った。そのまま教室の後ろのほうへと移動したので俺と夜蛾も続いた。

教室の窓を背に千代子が立ち、その真正面に俺と夜蛾。だいたい3mと少し離れている。あんまり見つめられると照れるなあ、と千代子はわらった。ウワッ、かわいい。

「――では、いきます」

宣言して、千代子はリラックスした状態でそこに立っていた。

そして深呼吸をひとつして、そのままゆっくりと両腕を伸ばして胸部まで上げ、彼女は目線とともに両掌をこちらへと向ける。いつになく真剣な面持ちだ。この表情の千代子は見たことがなかったので、なんだか新鮮な気持ちがする。

突然空気が、囁くように微かに振動した。誰も言葉を発してなどいないし、窓や扉なら締め切ってあるのに。千代子を中心に、“何か”が渦巻いている。

(呪力……だけじゃないな、これ……、いやこれ“ら”は?)

そんなことに気を取られているうちに、千代子の足元が淡く光っていた。段々と光は強まっていき、点を、線を、円を、かたちづくっていく。

彼女を中心に、柔らかいながらも芯を持つ光で陣が描かれていく。陣は緩やかに速度を増して回転し、また同時にその大きさを増しながら、より複雑に成長していった。およそ十数秒かけて陣の回転および成長も止まり、最終的なサイズは……半径1.5mほどか。陣の内側に描いてある文字のような模様のような何かは、どうやら自分たちが普段目にするものとは形も趣も大きくかけ離れている。ずいぶん異国情緒溢れているようだが、一体どこのものだろう。

するり、と陣から伸びてくるものがあった。黒い、糸、いやあの太さは紐や綱だな。さまざまな太さのそれら――おそらく、影だ。影が質量を持って現れるのは“普通”ならおかしいが、術式の一部のようだ――は、千代子の正面に集まり、束ねられ、シルエットを模していく。

次いで、陣の内側から丸々としたビー玉のようなものが、ひょこんと飛び出てきた。ふわふわと浮かびながら、ぴかぴかと光るそれはシルエットへ飛び込むようにして消え、シルエット内部を光で満たすと立体と化した。そしてそれは途端に色を帯びた。

「いま」

千代子がはじめて唇を開いた。

「ひとたび」

光が増す。増して、集束せんと閃いた。

「我が手によって、」

更に勢いが増す。

「おまえに」

影が追随する。質量を伴って、光の流れへと。

「ひとつのかたちをあたえる」

堂々と詠唱がなされて、すべてがひとつとなろうとしたとき――

ぽぼぽ、ぽぉん!

気の抜けるような音がした。

「ぬわわーーーっ! またうまれたぁ!!!!!」

そして、丸っこいのが増えた。

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