それを愛と気付かぬまま籠絡 05

――例の宗教団体は新興宗教の割に信者も多く、最近やけに勢力をぐんぐん伸ばしているとかで、高専ももともと組織単位で目を光らせていた。宗教団体を隠れ蓑にして、呪詛師がはびこるケースもあるからだ(実際、今回の事例はそのとおりだった)。そんな折、秘密裏に調査していたところ、そこの宗教団体は「呪力持ちの、一般家庭に生まれた女学生」を拉致していたことが明らかとなったため、私たちが派遣されることと相成ったのだ。

そして、その「宗教団体に拉致された女学生」こそ、いまここで悟にベッタリと張り付かれている転校生――真理江 千代子(マリエ チヨコ)――その人なのである。

「チヨコー、チヨコー」

柔らかく、甘やかに声が紡がれた。

「?!!!! ど、どうしたんですか、五条くん……???」

声をかけた相手がうろたえようとも構わず近寄るこの男。

「五条くん、じゃなくて悟くんでいいよっていってるじゃ〜ん」

話し方ならいつもの「五条悟」ではあるが、声音や表情・雰囲気を見るかぎり、‘‘違う’’。

「えっ、あっはい、サトルくん……その、ちかい、んですけども……?」
「えぇ〜、だめ?」
「だめ、っていうか……」

誰だお前は。
ほんとうにお前は「五条悟」か???????
この、転校生に背後からベッタリとひっつき虫して、更には腕を転校生の腹の前で交差させている男は、本当に同期の「五条悟」なのか???????

体中の穴という穴から砂を噴出して吐き出しそうな面持ちで、思わずもうひとりの同期と顔を見合わせてしまった。致し方あるまい、自分たちの知っている「五条悟」とは、全くもってかけ離れた振る舞いを見せているのだから。

気に入ったものに対するうざ絡みならまだしも、これは明らかに慣れ親しんだものに対する「甘え」だ。一体全体、どういうことだ? 五条悟と転校生に、どこかで ‘‘こう’’ なるような接点があったというのか?

「ねー」
「はい?! どうしました五、ちがう、サトルくん!」
「あは、(とっさに言い直してんのウケる)……。ねー、千代子さ、甘いもの好き?」
「……甘いもの?」
「ウン」
「甘いもの、好きですよ! 甘いの一辺倒だと飽きちゃいますけど、美味しいものは基本的にすきです!」
「そっか、じゃあこのあめちゃんあげる」
「わぁ! やったー、五じょ、だからちがう、サトルくんありがとうございます!」
「(全然取繕えてなくておもしろー)どういたしまして」

五条悟お前「あめちゃん」とかいう呼称使うの? マジで? しかも何度も転校生がお前の名字言いかけて名前に言い直してるのに、そこ全く指摘しないの何??????? いつもだったらここぞとばかりに指摘してプークスクスと笑うなりなんなりしているだろう???? ほんとにお前いきなり頭をどっかで強く打ち付けてきたとか、ガワだけお前で中身違うとかじゃないよな???? あと私たちには考えていること筒抜けだからな????? それくらい表情に出てるんだよしっかりしろ、そこな転校生には全くバレてないみたいだけどな??????

そう、五条悟の様子がある時からこんなふうに、おかしくなってしまった。

きっかけは確か、そう、とある宗教団体に拉致された女学生――真理江 千代子――を救出する、という任務を任されることになったところからだろうか。

任務についての事前資料が各々に配られ、それに目を通していたところ、急に横からクシャリと紙が歪む音がしたものだから、なんとはなしに顔を向けると、悟が食い入るように資料のとある部分を見つめ、笑っていた。――拉致被害者の詳細が書かれているページだった。

悟は、笑っていた。長いこと見失っていたたからものをやっと見つけたかのような顔で、笑っていた。でも笑っているのにどこか泣いているようだった。もちろん悟は、急に人前で泣き出すような性格をしているわけではないし、浮かべている表情だって泣いているときのそれではない。
けれど、私には泣いているように思えてならなかった。

「真理江、……千代子」

ぽつり、と囁くような吐息混じりのような声で、悟は名を読みあげた。置いてけぼりにされたとぐずる迷子が、やっと覚えのある道に足を踏み入れたと気づいたような声だった。

やっぱり悟は笑っていて、それでいて泣いているようだった。

それからすぐ、任務ははじまった。

はじまってすぐ、悟は、

「ちょ?!!!!!!!」
「悟?!!!!!!!!」

わき目もふらず駆けていってしまった。

悟は何も言わず、目の前を壁が邪魔すれば粉砕し、人が立ちはだかればちぎって投げた。お前は破壊神か。鎮まり給え!!!!!!!!!

私たちはといえば、もともと決まっていた段取りさえ破壊しまくる悟の後ろからたったかついていくしかなかった。流石にこんな様子の同期を見たのは初めてだったからだ。

おいおい、こんなに破壊しまくって後処理どうするんだよ……。

それでも悟は止まらない。
(それでもかぶはぬけません。……大きなかぶみたいな言い方はやめろ。)
……と思っていた次の瞬間、破壊した壁の先、例の拉致被害者らしき女学生がちらと見えた。

ふらりと、衝撃で気を失ったのか女学生は体勢を崩し、そのまま床に倒れ込みそうだったのを悟が受け止めた。
受け止めて……抱きしめた。

「……チヨコ」

やっと、あえた。

そんな笑い方するんだな、悟。

……ところでほんとにこのあとどうするんだよ、後処理大変だってわかってるんだろうな? まあ先生にバチクソ怒られていたのだから、後はまあ、お察しである。

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