それを愛と気付かぬまま籠絡 01

――どうしてこんなことになったのだろう。

ことの始まりはもっと前からだったのだろうけど、これだけは言える。

そんなことってあるかよ。

わたしからすれば、よくある平凡な一般家庭でのんびりまったりぬくぬくと生きていた、と思ったらある日怪しげな新興宗教に拉致されたことからはじまったように思う。

こんな、いきなり訳分からん方向むいてアクセルをベタ踏みしないでよ、人生。

今まで何もなかった、平凡そのものたる生活を送っていたはずなのに、下校途中急に気絶させられ、気づけばわたしは「○✕教団」(正式名称は覚えていない)とやらの施設に拉致されていた。

そしてそこの教祖さまだかなんだかに、まるで神さまかなにかのように丁重に扱われている。

「千代子さま、千代子さま」

なんでだ。 そして教えてもないのに名前を呼ぶのはやめて。

気づけば専属のお世話役のひとなんかもいて、いつの時代のおひいさまですかこのやろう、と突っ込まざるを得ない。

新興宗教を名乗る割にはいささか数が多いように思える信者たちにも同様に、神さまみたいに接せられる。

「千代子さま」

「千代子さま、千代子さま」
「あぁ……ありがたや、ありがたや……」

やめて、本当にやめて、全くもって意味がわからない、何故わたしを崇めるの、わたし特定の宗教に肩入れした覚えないんですけど。

なんならここ、突然に拉致されて来ただけなんですけど。けれどそう主張しようが、遠回し・直接問わず聞き耳すらもってもらえない。

貼り付けてはいないものの笑顔、笑顔、笑顔ばかりで気持ち悪いなぁと思ったまま、恋しさ募る自分のお家に帰れないままただただ時間が過ぎていくばかりだった。

その間、何故か「やたら手芸を勧められたり、歌を歌わせられたり、読み聞かせをさせられたり、お絵かきなどをさせられ」ていた。

断るというのも選択肢としてはあったのだが、さすがに何もしないで毎日生きていくのは良心に堪えたし、これらは気を紛らわすのにちょうどよかった。

それに、手芸するにしても特にあれしろこれしろと細かく言われなかったし、歌にしても、読み聞かせの本や紙芝居にしても同様だった。

これ幸いと、好き勝手やった。例えば、デッドエンドバッドエンド問わず涙腺ダム崩壊ものの話だってしこたま読んでやったことがある。きつねのおきゃくさまとか、ごんぎつねとかその他もろもろ。しかしこれについては自分にも大ダメージがあったので今後は控えたいと思う。

(それにしても、なんで自分はわけのわからんところでこんなことを???? きらいじゃないしむしろ好きな部類ではあるけどなんでここで??????)と疑問符を四六時中浮かべているような状態だった。

あんまりにも人生の展開が急展開すぎて意味わからないし、お家にも帰りたいし、ずっとずっとにこにことしているひとたちばかりで気持ち悪いし、と、いろんなことがストレスになって、ある時なにもないところでよろけた。

それが原因となって頭をしたたかに打ち付けたのと同時に破壊される、監禁されていた部屋の壁。

(……壁なんて勝手に壊れるはずないよな。)

「どうやら、なんでかは知らないけど誰かがやったらしい」ということをふわふわと思いつつ、先日から急展開がすぎて疲れていたのと、頭を打ち付けた衝撃でバターンと気絶した。

暗転。

つぎ目覚めたときには、あの部屋とは違う天井が視界に広がった。

またしらないところへやってきてしまったらしい。

でも窓をみると、すぐ下は校庭らしく、風に煽られて砂ぼこりがかすかに見えた。それに、遠くにビル群など見えたので、どうやら国外に連れ出されたりはしていないようだ。

よっこいせと上体を起こし、(……ふかふかのお布団だ)なんて呑気に思いながらあたりをキョロキョロ見回していると開く扉。

入ってきたのは背の高い青年で、日本人らしからぬ銀髪――おそらく染めているわけではなく、天然のものだろうそのやわらかなしろがねを戴いているのだろうということはすぐにわかった。

なぜか「中国人チックだなという印象が根強い(個人の意見)丸いサングラス」を着用していて、間からきらめくばかりのあおの双眸を覗かせている。

おしゃれさんだ。

顔も整っていて、そこらへんに転がっているような小石とはまるで比べ物にならないほどである。

「……?」

時間にして5秒くらいだろうか、直立のまま微動だにしないなと思っていたらふいに突進して腹のあたりに頭突きされた。

「ぐぅっ」

痛い。

とても痛い。

「やっと、やっと『こっち』で逢えた……目が覚めたんだね、あんた」

……???

こんな美人さんと知り合った覚えがない。

一体どういうことなの。

そして『こっち』って何?

おろおろしていると、そのまま青年は頭をぐりぐりと腹に押し付け、甘えるように振る舞った。

よくわからないまま、なんとなくその頭を髪の流れに沿うように柔らかく撫でた。

青年は嫌がらなかった。

「いやどういうことなの」

……青年、ええと、サトルくん(漢字はわからない、たぶん悟? くん、だろう)とやらが言うところには、理由は不明だが、自分たちは夢の中で何度も出会っているのだという。 それこそサトルくんが小さい頃からずっと。

幾度の逢瀬を重ね、やっと「仲良く」(なんだかここに含みがあったような気がする)なれたと思ったら、数年前から急に夢で逢えなくなっていたのだと。

正直、胡散臭いにもほどがあるが、表情が真剣だったのもあって、寝起きのゆるい頭で(そっかー)と納得してしまった。

そっかー、こんな美人さんと夢の中で、知り合ってたのかー。

すごいなー、へぇー、そっかー。

そこで「いや、おまえが気にすべき着眼点、いまそこじゃねーんだよ」とばかりに再び扉が開いた。

威圧感抜群の、極道じみた趣のある(おそらく違うけど、見下されているため威圧感が倍増している)サングラスをかけた壮年男性と、遅れて前髪がちょろんとしているこれまたタッパがすごい青年、静けさのなかにある美貌といったイメージのつよい美少女が入室してきたのだ。

誰一人として知り合いがいないわ。

ぽかーん、としているうちに壮年は銀髪の青年にゲンコツを落とし、ほかの青年たちのほうへ移動させた。

ぽぽぽかーん。

気を飛ばしている間にみんな思い思いに座ったらしく、こちらに顔をむけている。

そのことに気づいて、自分も居住まいを正した。

壮年男性――高校教師で、青年たち3人の担任らしい――ヤガさんが言うには、わたしは一般ピープル(意訳)じゃないらしい。

「え? 一般家庭に育って今まで特に何もなかったのに????」
「――……ほんとうに何もなかったと思っているのか?」

サングラスの奥、呆れたような驚きすぎたような微妙な眼差しで夜蛾さんはこちらを見た。

同様の眼差しでもって後ろに座っていた青年たち――前髪の青年はゲトウさん、美少女はイエイリさんというらしい――もこちらを見ている。

え、ええー?

これ、わたしの認識が間違っているのかな?

「一応聞いておくが、手芸をするようながされたり」
「え? ……しましたね」
「……うたを歌わされたり」
「? しました」
「絵を描くよう勧められたり」
「……も、しました」

「……普段から運がいいと感じたり、他人から言われたりは?」
「? まぁよくあります、自販機の当たりとかピコピコいうので……? この前なんか連続で当たりが出たのでどうしようかと思いました、近くにいた学友や後輩におすそ分けしましたからよかったけど……ちょっとあのときは焦りましたね、いつまでも鳴り続けるものだから」
「……そうか」
「はい……その、すみません、答えにくい続け方をしてしまって」

「いや、…………」
「……」
「……………………」
「……、……?」

なんだか質問攻めだ。

イエイリさんとゲトウさんがひそひそ耳打ちしているようだけど、なんかわたし、変なこと言ってるかな?

「重ねて質問するが、」
「? はい」
「――、あの宗教団体に拉致されたのはどうしてだと思う?」
「……? わからないです」

てん、てん、てん。音がないのに逆に効果音が響きそうな空白が生まれた。

静寂のそこへ、サトルくんが質問を投げ込んだ。

「――じゃあ、あの宗教団体がなんの意味もなくあんたに手芸やらなにやらとさせたと思う?」

「え? えーと…………、……、…………………、…………………………内職、で、金、策……、的な……? はは、あは、な、」

なんちゃって、あは、そんなわけないですよねー、はははー。

窓は開いていないはずなのにつめたーい風が吹いた気さえした。

「……はぁ。」

あっこれアホの子だと思われたかもしれないね???

かもじゃなくて確実に思われてるね????

「いいか、あんたがあんなのに拉致られたのは」
「、悟」
「いンだよ、最初っからはっきり言ってやったほうが」
「……」
「……?」

「……あんたが拉致られたのはな、まぁ、……ある意味金策で合ってる」

「……、……………………、ま????」
「マ。」

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