気を取り直して爆発物処理班の面々は再度爆弾と向き合うこととなった。現場は先程の千代子の発言が起因となって静まり返り、やけに時限爆弾のカチコチと言う主張だけが響いている。
萩原は同行した隊員に手伝ってもらって防護服を装着、ほどなくして解体音が彼により紡がれはじめる。夏でもないのに防護服の中はサウナ状態で酷暑のよう、手元も素手に比べ動かしづらい。そんな悪条件でも萩原は着実に確実に解体を進められるのだから、やはり本人の技量や才能はずば抜けている(実際、警察学校時代にスカウトを受けての配属であるのだからさもありなん)。
しかし再び爆弾と向き合って3分弱、完全解体まであと少しのところで事態は急変した。
「、っ?!」
「どうし───────」
「逃げろ! タイマーが復活した!!!!」
あと10秒もない! 爆弾に取り付けられたモニターを見て萩原が悲痛に叫んだ。
場は騒然とした。死の足音が確実に着実に近づいてくる気配に班員は皆一様に顔面蒼白だ。荒く吐く息の音も、ドクンと脈打つ己の鼓動も、(こんなときだからこそなのか)嫌にクリアに聞こえる。パニックになりながらとにかく爆弾から離れようと駆け出して、総員脚を縺れかけさせながらバタバタと1番近い非常階段へと向かったはずだった。
しかし。
「?!!!!」
次の瞬間、何の前触れもなく彼らは空中遊泳していた。
内臓が浮くような感覚が襲う。
無慈悲な落下速度にさらされていないことを知ったのは、はるか下方で「きゃああ!? 人が、ひとが宙に浮いて!!!」と甲高く叫ぶ女の声に(無意識に閉じていた)目を開いたからだった。
「、ハ?」
「なん、」
「たっか……」
「ァ、オレ無理高いとこムリまじで無理」
「お前高所恐怖症だもんな……ってウワマジで高」
「やべー……」
ッてかなんで俺ら宙に浮いてンの?
一言一句違わず脳内で木霊しただろう彼らの疑問は、コンマゼロ秒もしないうちに解答が提示された。
「よしっ、全員居るね」
───────萩原の同期。
正確な状況を把握できていないが、いま爆発物処理班たちの目の前にいる彼女だけがこの場で平静を保っている。それは指し示すのは彼女、すなわち千代子───────萩原が女の名前を間違うことは十中八九有り得ないので確実に本名だろう───────がこの不可解な現象に少なからず関わっているということだ。あと少しの辛抱ですよー、とやや早口でこちらに告げてきたのもそれを裏付ける立派な証拠といえるだろう。
そんなことにも思考を回せるくらいには冷静さを取り戻してきたようだ、と隊員の一人は仲間たちと空中で団子になりながら頷いた。
「ごめん萩原くん、着てる防護服(ソレ)借りるねっ!」
「? ……ッ!!!?」
「えっ、ええええ?!!!!」
(※緊急事態のためやむを得なかったのだろうが)本人の了承を得る前に萩原が着用していた堅牢な防護服は一瞬にしてその場から消え、千代子の腕の中にはインナー姿の彼が収まっていた。早着替えなど通り越して瞬きした瞬間にはもう“そう”だったものだから現場を捉えた人間は目を疑ったことだろう。本人などあまりの急展開に思考がついていかないのか目がキョトンとしている。宇宙猫さながらのポカン顔だ。
(うそやん)
(マジか……マジかまじか)
(あれは本来、数人に手伝ってもらわないと着脱できないんだが?!)
(ひぇ〜)
(つかオレらのことこのままの位置で保ちながら空中で筋肉ゴリラなはずの萩原を平然と抱えてんのやばくね??? 微動だにしないんだけど)
(いやそれマジそれ)
(こわ……ゴリラの同期はゴリラなの?)
(やだ……ゴリラ何人いるの?)
(少なくともひぃ、ふぅ……3人以上いる計算になるな)
(ひぃ〜〜〜!)
あまりの出来事に現実逃避しながらでないと正気を保てなかった彼らは茶化すような口ぶりで囁きあった。こんな非現実的な現象、一生にあるかないか。
「えーい!」
思考を真ん中から割くようにして、気の抜けるような掛け声が(季節外れにも)春風を思わせるほど軽やかに聴覚器官を震わせた。
次の瞬間、バアァァアアン、と炸裂する爆発音。
爆弾は(製作者の意図に反して)その終焉になにものも巻き込むことなく本懐を遂げたのだった。
軽減されたとはいえ爆風に大気が揺れ、肌が、木々が、ザワザワと戦慄く。
覚悟していた規模より幾分も小さいのは気の所為ではなかった。
頭上のずっと先、爆発があった地点からはらりはらりと落ちてくる白い残骸。爆弾の破片に混じっても視認できる、布切れのようなこれは……まさか。
「防護服の……?」
つまり咄嗟の判断で爆発寸前の爆弾を防護服で包んだとでもいうのか? あの一瞬で?
あまりに規格外だ、と誰かが呟いた。
脈絡もない空中遊泳。
同時に、複数人をその場でホバリング。
加えて防護服の瞬間脱衣。
更にその防護服で爆弾を覆い、多方面への衝撃を緩和させたことも。
どれも一般人には決してできない所業だ。
まず普通の人間は空中遊泳などに挑んだら落下して死ぬほかないし、爆発の妨害も(何らかの機器なしには)できはしないものだ。
それから、卒業早々にして新設部署に配属されたという情報。その条件に該当する部署はひとつしかない。
───────《超能対策本部》だ。
21世紀に入ってからというもの爆発的な増加傾向にあるエスパー犯罪への対処や他部署との連携・サポートを目的に発足したということや、先月「ついにあの特務機関から強力な助っ人が出向なすったらしいぜ」というタレコミなどをすべて踏まえるならば。
つまり、この場にそぐわぬ振る舞いで我々の目の前にある千代子という女は。
「特務エスパー……!?」
「あ、わかっちゃいました? ……って、まだ名乗ってなかったですね」
わたしとしたことが、うっかりです。
はにかむその女から誰しも目が離せなかった。
「えーと……はじめまして、爆発物処理班の皆さん。わたしは蕚千代子。特務機関B.A.B.E.Lより出向中の特務エスパー、コードネームは《ザ・ファンタジア》。先月一日より超能対策本部に配属になりました、まだまだヒヨっ子の警察官です」
部署は違えど先輩方に於かれましてはご指導ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願い致します。同輩も、ともに切磋琢磨しつとめてまいりましょう。
先の烈火のような第一印象から一転、丁寧な物腰だった。萩原(あせだくのすがた)を軽々横抱きにしたままなのがどうにもちぐはぐで笑ってしまったくらいだったが。
たぶんここにいる面々、笑わなかったやつの方がいない。男女逆転ピーチ姫な萩原がシュールだったのがいけない。
「アッすみません高所恐怖症の先輩もいらっしゃるのに。今ゆっくり降ろしますからね」
「やだ今思い出させないでアーこわい高い死ぬヤダーッ」
「死なせませんよ」
「エッ」
「せっかく助けたのに、こんなところで死なれてはたまったもんじゃない」
「ときめいた……」
「トゥンク……」
「はーい、皆さんゆっくり降りていきましょうねー」
「はーい」
「はーい」
いいお返事でーす、と笑いながら千代子は彼らともども緩やかに下降していく。もぞり、千代子の腕の中で萩原が身じろいだ。やっと思考が帰宅したらしい。
「……千代子ちゃーん、俺のこと忘れてない?」
「忘れてないよ」
「あ、そう……でお姫様抱っこ(この体勢)そろそろやめない?」
「やめない」
「えぇ〜……」
「下に松田くん発見したからこのままデリバリー決定だよ、愛すべき親友にたっぷり叱られてらっしゃい。あとさっきの件は言い方については場を改めて謝らせてほしいと思ってる、……けど内容については撤回しないからね!」
お察しの通り、この後萩原は(同僚で親友の松田に泣きながら殴られボコボコにされた挙句)めちゃくちゃ説教された。
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