そしてその日はやってきた

 

 

 

あれから千代子がどんなに「村の人間たちを元の場所に帰してあげて」と説得しても、オトギリ姫は聞く耳を持たなかった。

それでもめげずにオトギリ姫の居るところまで千代子は足を運び説得を試みる。

が、間が悪いのかなんなのか毎度体調不良による立ちくらみで倒れかけ、オトギリ姫に部屋に連れ戻されてしまう。ここ数日はそんなことの繰り返しだった。

今日も今日とて千代子はオトギリ姫への説得を試み……​───────やはり与えられた自室へと強制的に帰還。

「はぁ……」

ため息は尽きない。

しかし懲りずに「本日2度目の説得チャレンジをば」と千代子が寝台からその身を起こしたときのことだった。

ド……ォン!

重く響くような音。
爆発でも起こったのだろうか。

(普段静けさが漂うこの海底宮で?)

千代子は嫌な予感がした。

まさか、オトギリ姫の所業が本当に勇者を呼び寄せたのだろうか?

少なくともあのような音、平時には起こるまい。

まずこの海底宮は、非常に大きな貝の内側に守られている。この守りを突破するのが第一かつ大いなる難関である。なにせ、海を何らかの形で干上がらせたなら環境の変化をつぶさに感じとって殻はかたく閉じる。だからといって泳いで辿り着こうにも、途中で魔物たちに妨害されるとあれば容易には近づけはしない。

まさに難攻不落。海底宮の主であるオトギリ姫が自慢げにそう語っていたのだから、真実そうなのであろう。

しかし実際には何者かが侵入し、そして宮殿内で行動を起こしている模様だが。

ふたつ。ここを住処とする魔物たちは大きく音を反響させるような呪文を習得していない。彼らが使うのはだいたい氷結呪文で、それ単体では爆発を起こすには足りない。
想定しうるとすれば、人間たちが灼熱呪文の類をぶつけて相殺を図ったか、爆発呪文を唱えたか、はたまた自らの力に訴えかけた​───────すなわち、力こそパワーを体現した​───────、そんなところだろう。魔物たちも怪力とはいえ、わざわざ住処を破壊するようなことは…………いや、単細胞な性格をしているものがいればわからないが。例えばあの大きなガニラスとか。

とにかく、何もないならあんな音は鳴らない。
異音が鳴ったということは、“何かあった”。
それだけが確かだった。

千代子の頬を、たらりと冷や汗が伝った。

「………………ッ!」

ふらつく身体。
無理をおして部屋を飛び出、音がしたはずの方角へ足を進める。先ほどとは違って、金属音や落雷に似た音、それから焦げ臭い匂いが身を震わせた。

更に嫌な予感が濃くなって、急かされるようにして歩む。

(待って、)

ああ、息が切れそうだ。

(まだ、間に合って)

未だ本調子ではないのに無理が祟って目が眩みそう。
足だって、うまく力が入らないせいでろくに動かない。
だが、いま倒れては困る。困るのだ。

(間に、合え​───────!)

千代子はだるさが抜けない身体に鞭打つ。

(オトギリ姫…………!!!!!!!!!)

どうか無事でいてほしい、そんな願いだけで扉を押し開けて。
だが、そこで見たものはなんだったと思う?

 

 

「海・破・斬……波を斬る剣か、それには勝てぬわ…………」

勇者然とした男に袈裟斬りにされて、くずおれるようにしてその場に倒れる人魚姫。

 

 

……嗚呼、間に合わなかった。

 

 

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