それを愛と気付かぬまま籠絡 08

「……」「……」「……」「……」

急にしーんと静かになる。なんだこの落差、と思うかもしれない、わたしも何度かそう思った。今もちょっと思っている。

しかし、ここでは割とよくある光景だ。

「……いただきます」
「いただきます」「いただきます!!!」「いただきまーす」

(今日もみんな『いただきます』が言えてえらいねえ)

悟くんと夏油くんがおかずの取り合い戦争を起こす、前兆だからだ。
この前は鶏の唐揚げでも争っていたな……。

もりっ、とふたりの箸が肉と、その下にあるキャベツをかっさらっていく。お茶碗ではなく、取皿へとそれらが移され、ほぼ間をおかずバキュームのごとく口へと吸い込まれていく。やっぱりお腹空いてたんだねえ。

「あっ傑ふざけんな、それ俺が狙ってたとこ!」
「先手必勝だよ、油断していたほうが悪いんじゃないか?」
「こらこら、まだあるんだからゆっくり食べなよ、早食いは身体に良くないよ」

ちょくちょく悟くんと夏油くんが肉の所有権を巡って争っている。肉は美味しいから仕方ないね。キャベツもお食べ、と言おうと思ったが心配は無用だった、皿にいくらでも盛ってあった。よきかな。

硝子ちゃんも合間合間に主菜を取皿へと盛っている。ふたりの勢いに負けそう、なんてことはなく硝子ちゃんは隙を見てちゃっかり肉とキャベツをゲットできているので大丈夫だ。うんうん、しっかり食べて、健康的に過ごしてね。

わたしはというと、重湯をちびちびとやっていた。酒か? いや飲酒はしてないんだなあ。まず未成年だもの。言い方の問題だけれども、これが一番近い表現なのだ。

あっ、やっぱり味がしない、面白みのかけらもないし、しょっぱくもないよお。そりゃそうだよ、さっき炊けたごはんを追加で煮ただけで塩入れ忘れてるんだもん。なんか足そうって思っていたのにうっかりだ。

ふりかけもらってこよ。

「千代子?」
「ちょっとゆかり粉かなんかをもらいに。重湯がね、あんまり味しなくて」
「いってらー」

まぐむぐと頬張るみんなを横目に再び調理場へと向かう。現役高校生というか、普段から任務熟して頑張ってるひとたちはやっぱり「違う」なあ、だって身体が資本だもの。栄養補給しっかりしてるね、うんうん。

棚においてある籠を覗くとすぐにふりかけは見つかった。お目当てのゆかり粉もあったし、のりたまもあった。もってこ。

「あっ、『あかり』ちゃんもある」

「あかり」とは、「ゆかり」を生産している会社が販売しているふりかけシリーズである(※マジ)。ピリ辛たらこ味でとてもおいしい。ごはんがすすむお友だちです。あと同シリーズに「かおり」と「うめこ」があるよ。

……しかしなあ、「あかり」は明太子のふりかけみたいなもんだからな、唐辛子入ってる、つまり刺激物が含まれているから……これはお腹刺激してしまうな、あとがきつくなるわ、やめておこう。お腹ギュルギュルピーになっちゃう。だいたい、生姜焼きを泣く泣く諦めたのも、生姜が刺激物だからね、潔く諦めようね。

ふりかけ抱えて座席に戻ると、もう生姜焼きはその姿をほぼ失っていた。悟くんと夏油くん、それから硝子ちゃんの胃袋に収まったからだ。あんなにいっぱいあったのに、食欲旺盛でよろしい。

わたしはふりかけの力を借りて再びちみちみとお粥を食べすすめたが、いつも食べているよりも少ない量で満足してしまった。わたしの胃袋が……縮んだ……。

正直に申し上げてショック極まりないですが……?!
だって美味しいものをたくさん食べられない身体になっちゃったってことでしょ?!!!!!!

あまりのショックに突然咽び泣くかと思ったが、そんな恥は晒せないので懸命に耐えた。割とゆるめの涙腺のつくりをしているわたしの身体、珍しくよく耐えたね、今なら優勝できるね!

食後、硝子ちゃんが食器を洗って、わたしが拭いて、悟くんが棚に戻してくれているときのことだった。夏油くんならダイニングテーブルを拭いてくれている。

「あっ」
「どうしたの」

そうですよわたし、1週間寝てたからノートとってないんですよ、やっと思い出せたわ、なるほどすっきり。

「1週間分のノート……」
「ああ……」
「ぐーぐー寝てたもんな千代子」
「あとで借りてもいい?」
「いいよー」「構わないよ」「いーよ」
「ありがとう〜、たいへん助かる!」

ほんとうにありがたや!
ノート借りる段取りも済んだし、はっぴー! ラッキー! ルンルンしてしまうな!
あとでお礼を考えねば!

片付けもお風呂も、他の何もかもを終え、1週間ぶりの自室に戻った。もう深夜と称しても差し障りない時間だ。

「……ふぅ」

気絶して起きたと思ったら夕方だし、なんなら1週間経ってたし、今日はすごい1日だったな。とっても短い。

……それにしても、1週間も寝こけてたのによくこの身体弱体化してないなあ、普通もっと筋肉が悲鳴あげない? ちょっと前までズブの「一般人」だったのにこれはおかしい……のか? いやそもそも“肉体がある状態とはいえ”、1週間も寝るとかいう事象を体験したことが初めてなのでよくわからない。あらやだ、一般人らしからぬ人外じみたことを……。ううん、人のかたちをやめたことはないけど人外になったことはありますね。

「……ふぅ」

また、ため息ついちゃった。

前世までのあれこれを思い出しちゃったせいか、頭の中をいろんなことが駆け巡っててごちゃごちゃする。……こういうときは無心でなにかをつくるのが1番だよな。精神統一ってやつだ。今世のわたしの場合、手芸とかで集中して単調な作業しているときって、無心になれるのだよなあ。

あ、急に思いついちゃったけど、呪骸の知識と念の知識とその他諸々をぶち込んだら何かできるかな?

……そういえばこの世にはたくさんおばけ、というか呪霊がいるって言ってたな。ちゃんと見たことないけど。悟くんたちが言うには、見た目がグロくてキモイそうだけど、なんかこう、ファンシーかわいいのがいてもいいんじゃないかな。いないかな、癒し系のかわいいおばけ。

かわいいおばけ、いなかったらつくればいいよね? かわいいのができるといいな、ふわふわしてたり、もちもちしてたらもっといい。

そんなことを思いながら深呼吸をひとつ。
わたしは自分の前方へとゆったり腕を伸ばし、掌を向け、己の中にある“力”を練りはじめた。うわぁ、とても厨二病っぽい表現だわこれ、と自分でも思ったが、でもこれが一番的確なので仕方がない。

ひとつ、うちなる光。

ふたつ、真なることわり

みっつ、幻想の源。

よっつ、うちなるなる闇。

いつつ、清らの源。

むっつ、まじなう奔流。

わたしが、得てきたものたち。
わたしが、この身におさめてきたものたち。
わたしが、培ってきたものたち。

「――ひとたび、我が手によって、おまえに、ひとつのかたちをあたえる。」

ポポポ、ポォン!

「わー! うまれたあ! よるなのにおはよーございます!」

謎の煙とともに、ファンシーな音がした。いやしかし、どこぞのCMみたいな効果音やめて。訴えられちゃうかもしれないから。
次いで、誰かの声。……だれ?

「おかーさん!」
「あらま」

……1回でできちゃったわ。かわいいおばけ。
真っ白で、もにゅもにゅしてて、ふわふわで、もちもちしてそうなの。おめめパッチリ、にこにこしてて、おててもあって、ちょっとらくがきっぽいゆるふわなおばけ。

「はい、わたしは千代子、きみのおかーさんです、よろしく」
「よろしく! でもぼくはだれ? 」
「きみはね、……んとね、『おばけちゃん』です」
「おばけちゃん?」
「おばけちゃん。」
「安直なお名前だねえ」
「わかりやすいほうがいいかなって」
「なるほど! 機能美ってやつ?」
「うーん、ちょっと違うな?」
「そっかー!」

改めまして、はじめまして、おかーさん! ぼくはおばけちゃんです! よろしく!

まっしろなもちもちが挨拶した。かわいい。

「ところでもう夜だし、細かいことは明日にして、眠いから寝てもいい?」
「いいよー! ぼくも生まれたばかりだけどおねむ! 一緒に寝てもいい?」
「いいよぉ、また明日、お話しようね」
「はーい!」
「おやすみ」
「おやすみなさーい」

おばけちゃんをお布団に招き入れ、このあとめちゃくちゃ爆睡した。

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