それを愛と気付かぬまま籠絡 06

ゴンッ!!!!!!!!

「ぃいぃっっっでぇ!!!!!!!!!!!! 夜蛾おま、ふざけんなまじでいてぇ!!!!!!!!!」
「任務だと言っているだろう」
「こればかりは任務の時間だと言われているのに聞かないお前が悪いよ、悟」
「ぜってー教育委員会にうったえてやるからな……!!!!」

至近距離で、こんな、え?
ゲンコツの音が、こんなに可視化された効果音が迫るような空間はじめて……。
幻覚、わたし幻覚を見ているようだわ……。とてもこわい。しんぞうにわるい。

――先月からわたし、真理江 千代子は、呪術高専でお世話になっている。というのも、どうやらわたしにはラッキーアイテム()を作り出してしまうという謎技術が備わっているようで、これを呪詛師ほか悪い人たちに悪用されないように、またそういう手合いから自衛する術を幾らか学べるようになどのご配慮を賜ってのことだ。

同級生はわたしを除いて3人。
銀髪眩しくて人懐こいというよりすごく距離感が近い()五条悟くんと、お団子前髪がおしゃれでいつもにこにこな夏油傑くんと、涙黒子がセクシーでよくタバコ吸ってる不良さんな家入硝子ちゃん。
以上だ。

3人そろうととても柄が悪くてちょっと怖いけど、みんな顔が整ってるし、主に五条く、……サトルくんがこっち見てにこにこしてるし、……かわ、いいのかもしれない。
うん、かわいいかも。約1名、ベッタリだけど。

(それに夜蛾先生が加わるとどうあがいてもヤーさんと下部組織な不良たちの集会のようにしかみえないけど。)

夜蛾先生はよく呪術師のことや呪術界や術式についてなど、基本的なところをいろいろ教えてくれる。

――今日も主に呪骸の作り方を教わる予定で、そろそろ約束のお時間なんだけどなあ……。

さて、ところでわたしは今どこにいるでしょうか。

こたえは、ごじょ、間違えました……サトルくんのお膝の上です。なんかね、筋肉でとても硬いです。ちとおしりが痛くなってきたよ……? しっかりしてるから安定はしてるけども。おり……たい……下りたい……。

いやなんでわたし膝の上にいるです?????

転入してきてから、ちょっと、いやとても、かなり、非常に距離感が近くて、その……ベッタリくっつかれているんですよ、ごじ、……サトルくんに。寮だろうと、学舎だろうと、どこにいようとだいたいひっついてくるのです。ひっつき虫さんだ。こんなに大きいのにね。

先日、保健室で話したときに「俺とお前は昔に逢ったことがある」とかなんとか言ってたけど、つまりこんなに至近距離になるような仲だったってこと? そういうことなんです? 全く覚えがないからほんとにごめんって感じなんだけれども……。ご、サトルくんは(見た目で判断してしまいそうになったのが申し訳ないほど)ツンケンした態度をとらないし口調がきつくないから、身長の割に話してて威圧感もないし、仲がよかったの、かな……? あっ、でも他の2人といるときは案外素でゴネたり本性、みたいな感じで遠慮しない雰囲気を出しているような気もするから、もしかしたら気を遣ってくれているのかもしれない。え……でも気を遣ってくれている割に至近距離なのは、おかしい……のでは……??????? あれぇ??????????????

でも、そういった事情はひとまず置いといて、ちょっと考えてみて。
わたし、わたし、こんな至近距離でゲンコツ落とされる現場を目撃したもんだから、さっき心臓がヒュンッてなったですわよ。次いで、ドコドコドコドコドコドコと自分の心臓の鼓動がやけに大きく聞こえてくるのでやっぱりビビってるんでふわのよ。あっ、噛んだ。あれ、しかも恐怖のあまり語尾がおかしくなっておりますで候。ああー、だめだー、おさまれー、鎮まりたまえー。

なんとまあわたしってばポンコツなの。

「五条、時間」
「いやだね」
「五条」
「いーやーだ」
「悟」
「やだっつってんだろ」

押し問答……、いつまで続くのこの状況……????
ヤダなんか川柳みたいになってる……。
いやそれはいまどうでもよくて、わたしこのままサトルくんのお膝の上でずーっとの状況は、流石にいやだな……????? サトルくんのことが嫌いとかではなく、困っちゃうんだなあ……。

「ごじょ……、サトルくん、」
「……、なあに千代子」
「任務ってことは、サトルくん、お仕事なんでしょう?」
「……ウン」
「わたし、お仕事しっかりこなしてるサトルくん、見てみたいなあ」
「行ってくる!!!!!」

サトルくんによる見事なテノヒラクルーである。しかもやや食い気味で返答された。すごい勢い。
これが……いわゆる、即オチ2コマ……?????? うーん、たぶん違う気がする。

腹部に回っていた腕は速やかに離され、お膝から無事わたしは床の上へと足をつけることができた。はー、よかったよかった。やっと解放された。なんといってもわたしは大地の民、空では生きられないのよ。あと硬い筋肉のうえでもね。

あらら?
ふと見ると、夏油くんに硝子ちゃんもによによしている。またよからぬことを考えているな?

「千代子、行ってきます!!!!!!」

きらきらしい笑顔でサトルくんが挨拶した。えらい、えらいけど高校生にしてはこの笑顔はスレてなさすぎて逆に心配になるな……この前もそう思ったんだけど、ほんとに……。ちなみに先日これをサトルくんが居ないタイミングで夏油くんと硝子ちゃんに言ったら大爆笑かまされた。ヒィヒィいってて、「呼吸困難になるからやめて」と息も絶え絶えに言われた。それらしい表記にするなら、「こ、きゅうwwwwこんなんwww になる、からwwwwwwwww やめてwwwwwwwwwwww」と言ったところだろうか。あまりにも大草原。

なんで??? わたし、正直に意見を述べただけだよ?

しかしわたしのその発言さえも燃料になったのか、あのとき余計にふたりは笑っていた。
どういうことなんだ……。

「いってらっしゃーい、サトルくん」
「いってらっしゃい悟くん〜」
「傑うるせえ!!!! お前には言ってないだろ!!!!!!!!」
「いってらっしゃい悟くん〜」
「硝子もうるせえ!!!!!!!!!!」
「五条、はやくしろ」
「わかっっっってんだよ!!!!!!!!!!」

「気をつけてねー」

はーい、と間延びしてだんだん遠のいていく元気そうなサトルくんの声を聞きつつ、ブンブンと長い腕を振ってニコニコと任務に向かうその姿をお見送りしたのち、教室に残ったふたりを見た。

ひと月前なんか、ふたりして『これ』に巻き込まれた途端、砂を身体中の穴という穴から噴出しそうなくらいえぐいものを食ったぞ、どうしてくれるの、みたいな顔をしていたのに、なんだかんだ慣れてきたらしい。こうやってサトルくんをイジる余裕も生まれてきたみたいだし。

「いや慣れてきたんなら毎回助けてほしいですが?????」

あっ、声に出しちゃった。

「やだなー、面白……ンン、悟のかわいいところがせっかく見られるのにもったいないじゃないか」
「面白いってほぼ言いかけてたよね?」
「気のせい気のせい」
「そんなことないよね?????」
「キノセイダッテバー」
「片言だよ??????????????」

もうやだー、硝子ちゃんなんとか言ってやって、と言おうとしたが、硝子ちゃんも夏油一派だったことを思い出した。絶対面白がってるでしょ。

「……、…………」
「ンフッ」
「やはり……硝子ちゃんも……」

うーん、グル。

「――、……では、本日の授業はここまで。」
「ありがとうございました。……、あ、夜蛾先生、質問いいですか? ここなんですけど……」
「ああ、それか、それはな……」
「なるほど! つまりここは……」
「そうだ。……これについて詳しく書いてある文献なら図書室にもいくつかあったはずだ、たしか……」
「……わぁ、たくさんにありがとうございます!」
「いや、学ぶ意欲があるなら、と思っただけのことだ。……ものによっては難解だから、今のお前には合わないものもあるかもしれんが」
「それでも! ありがとうございます、さっそく図書室で調べてみますね!」
「……ああ」
「失礼しますー!」

ほくほくとした気分だ。呪骸についてまた少し理解を深めることができたぞ! やったー! しかも図書室に文献があるって! 早く探しに行こう! 文献リストももらったし、楽しみだなあ!

まだ呪術とか呪骸とか、ちゃんと理解しきれていないかもしれないけど、新しいことを知るのは面白くてすきだ。もっと呪骸についての理解が深まったら、わたしにも夜蛾先生みたいにかわいいお人形さんたちを動かせるかな? そう思うととてもワクワクしてしまって、夜も眠れない……なんて誇張しすぎだけど、ドキドキが止まらないのだ。

思わず気分が高揚して、スキップなんかしちゃって、鼻歌交じりでるんるんしながら図書室に到着した。

カウンターで作業しているらしい図書室の先生に軽く会釈をして、目的の書架へと向かう。

「ええと、先生が教えてくださった文献は……と、」

ざっと書架に並ぶ書物たちの背に付けられた請求記号ラベルを見やる。なるほど、どうやら目的の文献は棚の上のほうにありそうだ。ふむん。

「どれどれ……、…………、えーと……、………………、あっ、これ」
「どーして教室にいなかったの千代子ー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

ゴッッッ!!!!!!!!

「、……ッ?!!!!!!!!!!!」

痛い、痛、痛い………!!!!!!!!!!!!

ふらりと身体が傾いてしまって、痛みとともに、視界が暗くなっていった。わたし、死んじゃうのかな……?

――結論から言うと全くそんなことはなかった。わたしは無事生きていた。
そしてここは保健室。ベッドにわたしは横たわっていて、すぐ横に備え付けてある簡素なつくりの椅子にサトルくんは図体に比べてちんまりと座っていた。なんだか少しおもしろい。

あのとき、急に大きな声で呼びかけられたことにわたしはそれはもうビビった。身体がビクッと大仰にもはねた反動で、もうすぐにでも手に取りたかった本が中途半端に棚からはみ出ていたのが、バランスが悪かったのかそのまま落下し、わたしの脳天を直撃したらしい。ハードカバータイプの分厚い本であったから、そこそこの重量だったしそこそこの硬さだったようで、しかもそれが高いところから落ちてくるときた。つまり相当な衝撃がわたしを直に襲ったということだ。どおりで未だに頭がズキズキ・ガンガンと痛みを訴えるわけだよ。いてて……。

「千、千代子……」

おきた? 頭はまだ痛む? と随分おずおずと尋ねるサトルくん。……あれ、サトルくん?

「……サトルくん?」
「俺が急に千代子を急に呼んだから……」
「サトルくん」
「、千代子?」
「サトルくん……、いや、『悟くん』だね」

カチリ、とどこかで音がした。もしかするとなにかのピースがはまった音だったかもしれないし、歯車が正常に動くための修理が終わった合図だったかもしれない。
ほんとうのところは、わたしには分からない。

ただ、わたしには目の前の青年が『悟くん』だという認識が漠然とあった。

「千代子……?」

悟くん。
突然夢の中で出会った悟くん。
一緒に何気ない会話を交わしたり、日常を教えてくれたり、ふと思いついた疑問を解決するべく本や映像資料を一緒に探したりした、悟くん。
……どうして忘れていたんだろう、あんなに一緒に時を過ごしたのに。
わたし、ひどいことしたね。

まだ少し視界がふらつく気がしたが、ゆっくり上体を起こした。

「……忘れててごめんね、『悟くん』」
「……!!!!!」

千代子。
悟くんの唇が音もなく、そう形をなぞった。
同時に悟くんの頬をほろり、涙がつたい、悟くんは笑った。

やっと帰り道を見つけた迷子のような顔だった。

悟くんはそのまま顔を歪ませ、そろりと近づいたかと思うとわたしの腹部へと顔をうずめた。
わたしはそれを静かに受け入れ、ただ悟くんの頭を撫でた。

しゃらり、しゃら、わしゃしゃ。わしゃ。

「……思い出すの、おせーんだよ。」

――……、おれ、ずっと、さびしかったんだからな。
涙声でぽつりと零れた、悟くんの本音だろうそれに、何度も「ごめんね」としか返せなかった。

――ごめんね、もうどこにもいかないよ。

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