ハンコックの見た薄明 別視点

その日からハンコックは、様子がおかしくなってしまった。

生来の彼女らしさはどこへ行ったのか、ぼーっとしていることが増えた。そして気がつくと、いつの間にか女のことを見つめているのだ。​それだけかと思えば意を決したように女の傍に近寄って話をしたり、はたまた何も言わずにただ座って女のことをチラチラソワソワ横目で見るだけということもあった。何より、女を「チヨコさま」と敬称で呼ぶ。本人からは呼び捨てでいいよと言われているけれど、頑なに固辞しているのである(本来、「さま」と呼ばれる立場なのは彼女のほうなのに)。どれも平素のボア・ハンコックらしからぬ行動ばかりである。

ハンコックの妹たちは「姉様は一体どうなさったのかしら」と心配になるも、どう切り出していいものか困って未だ聞き出せない。姉様はなんだか楽しそうにしているから、自分たちがあれこれ動く必要はないと感じてはいたけれど。

この様子は音に聞く《恋煩い》というものなのだろうか?

そこで、ニョン婆​───────奴隷たちを解放せしめたタイガー一行が航海をしている途中で偶然遭遇し、何故かそのまま乗船している​───────に意見を求めるサンダーソニアとマリーゴールド。

「あれは、」
「あれは……!?」
「勿体ぶらずに教えて! 姉様は一体……?!」

まあそう急かすニャ。結論は逃げニャいのだから、とニョン婆が宥める。

「あれは、《恋煩い》そのもニョではない……!」
「じゃあ、」
「しかし!!!」
「!」
「恐らく《恋煩い》にひどく近しいもニョ……!」
「?!!!」

曰く。
言葉で尽くせないほど様々な想いが波打ち入り交じり胸がいっぱいになった挙句、零れ落ちて自ずから発露するもの。

ある日突然雷に打たれたような衝撃とともに己の世界がガラリと変わってしまう。恋愛における一目惚れと同じで。

「『女が女を慕う最上級』ねえ……」
「ニョン婆がそう言うなら間違いないのかもしれないけれど、あの姉様が、​」

あの姉様(ボア・ハンコック)が、どういう意味であれ同性に一目惚れなどするのか……?

2人の妹は顔を見合せて一度頭を傾げた。

確かにあの女には不思議で柔らかな雰囲気と魅力があるし、ハンコックの様子だけ挙げれば思い当たる節はあった。しかし2人には、女​───────チヨコが“女が惚れるような女”であるかどうかというのはイマイチ……ピンと来なかった。

確かに、フィッシャー・タイガーとともに助けに来てくれた。けれど、目立った行動は別段見られなかった。妹御たちの目には、彼の傍に侍っていただけに見えていたからだ。

それに……。

「ハンコックばっかり師匠(ししょー)独り占めしてズルい!」
「そなただってチ、チヨコさまとずっと居るではないか!」
「今! 今の話してるの!」
「2人とも仲良しさんだねえ」
「「仲良くない!」」
「うーんこの息ピッタリさで言われると説得力が」
「「仲良くない!!!」」
「えー?」

今もほら、見る限りどっちかというとお気に入りの世話係のお姉さんとそれを取り合う子どもたちの図なのよ。
……ええそうね、わかるわ。

マリーゴールドとサンダーソニアは揃って頷いた。
なにせ2人の姉であるハンコックは現在、薄荷色の髪の少年フォスと(女​、すなわちチヨコを挟んで)キャンキャン騒いでいる最中だ。《聖地》では考えられなかった(もっと言うなら故郷の女ヶ島でも見たことがない)ほどの歳若い少女のような振る舞いである。なんなら幼児退行してない? もうほぼ幼女。年端もいかないであろうフォスにあの態度なわけだし。

「けどあの姉様が、わたしたち以外の他人を至近距離に置いていることをよく許しているなとも思うのよね」
「そうね。あっ、ほら見てわざと拗ねた顔してる姉様」
「美しさと可愛らしさがとどまることを知らないわ」
「ええ……!」

もうね、姉様が楽しそうにしているからオールオッケーです。

(それでいいのか……?!)

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