Life begins at night. 04

「……今から作戦を開始するわけだが」
「はい」
「いいか、決して誰も殺すな」
「ふむ」
「おれたちは奴隷を解放しに来たのであって、殺しをしに来たわけじゃァねえ。何があろうと絶対に殺すな」
「ええ、いいですよ。わたしも人を殺すのは好きじゃないので、その方針は願ったり叶ったりです」

さぁ、お迎えに行きましょう、親切なお兄さん。
純白の兜の奥で、笑う吐息があった。

そして互いに頷くのを合図に2人は夜の闇の中、《聖地》へと突入した。

能力者じゃないわけがない、と思わされるほど多彩な手段の数々によって、敷地内のあらゆるものがその形を失っていく。奴隷たちに割り振られているはずの部屋へタイガーが向かって走っている今もそこら中に炎が、嵐が、荒々しく舞い踊って建造物を薙ぎ倒している……かと思えば水でその身を構成された大蛇が辺りを闊歩し、どこからともなく地面が割れ、《聖地》は蹂躙されていく。その様子に思わず足を止めそうになるくらいの壮観ぶりだった。どんどん更地になっていく。

これらすべて、千代子(鎧の姿)の所業である。

襲撃に伴いあちこちで汚い悲鳴が聞こえるが、ダエとかアマスとか言っているからどれも《お貴族様》のものだろう。早く助けろ、瓦礫をどかせ、痛い、どうにかしろ、と喚いている(……喚く程度には元気なようだ)が、直ぐに誰かが駆け寄る様子もない。そのうち喚く内容が何やら不穏なものに変わっていったが気づくものもいない。

それもそのはず。
夜の見回りをしていたであろう警備隊は全員千代子(鎧の姿)と会敵次第即座に意識を落とされているため、それらを止めることは叶わないのだ。仲間に連絡する隙さえない。現在詰所にいるであろう他の隊員が異変に気づいてそのうちノコノコやって来るだろうが、その時はその時だ。
時間さえ稼げればいいのだから。

そうこうしているうちに目的地へたどり着いた。

「ここだ」
「鍵がかかってますね」
「逃げられんようにするためだな……だが、こんなモノッ」

扉は固く閉ざされていたが、タイガーが渾身の力で殴ってブッ壊したので見事粉々になった。

暗く、清潔さがまるでないその部屋には奴隷たちが檻の中、所狭しとすし詰め状態にされていた。流石に男女別にはなっているようだが、人が居住区とするにはあまりに似つかわしくない。

「こんばんは、皆さん。そして、初めまして。夜逃げのお時間ですよ」

首輪に手枷に足枷まで付けられている彼らを見て、千代子(鎧の姿)はゆっくり微笑んだ。兜にさえぎられて表情は見えないだろうけれど、声くらいは柔らかさが伝わっただろうか。

「それでこちらが本日の主役です」
「言ってる場合か!」
「だってこれ最初に考えたのあなたでしょう?」
「……、そうだが! 今それどころじゃねえだろう?!」
「大丈夫ですって、まだ時間稼ぎくらいできます。残党だってすぐには来ませんよ」

余談だが、このとき漫才がはじまったのかと思った、と後に奴隷だった男は語る。一体全体何が起こったのかは分からないが、自分たちが助かるかもしれないとだけ予感していた、とも。

そこからの展開はまぁ早かった。
千代子が何か呪い(まじない)を呟くと、独りでに奴隷たちの枷という枷は取り払われ、その場にいたすべての奴隷は自由の身となったのだ。

「ま、待つんだえ!!! そいつらをどこへやる気だえ?!!!」

しかしそこへ、比較的軽傷だが流血している天竜人がノコノコやって来た。銃を構えて偉そうに振舞ってはいるが、たった1人だ。

とはいえ、開放されたばかりの奴隷たちは今までされてきた仕打ちを思い出して震えるしかない。立ち向かうには、歯向かうには、あまりに心身ともに痛めつけられすぎたのだ。

「……」

それを察して尚、千代子は下手に自分が相手をするより、奴隷とされていた彼らの目の前でタイガーが天竜人を殴った方が彼らへの説得力がありそうだなと思って、わざとその場を動かないでいた。その代わり、何かあればすぐ対処できるよう身構えていた。顔が見えない小さい奴より、顔が見えて大きくて強そうな男がヒーロー然として戦う様のほうが心に響くだろうし。

「お前らのいねェところだ!!!!!!!」

果たして、タイガーは天竜人を殴り飛ばした。
天竜人は、宙を舞って壁に激突した。
千代子は黙っていたし、奴隷たちは言葉もなかった。

「はァ、……走れ!! 二度と捕まるな!!!」

歓喜に沸く奴隷たちはタイガー先導のもと船を奪取し、(衰弱のあまりうまく動けない者は近くの同胞や千代子に支えられながら)無事海へ逃げることに成功した。途中まで追っ手もあったが、(出た先が偉大なる航路だったことが幸いしたのか)出航した瞬間天候は荒れに荒れ海も大時化で、舵を取っている間にうまく撒けた。

逃げ切ったのだ。

そのことを船に乗っている皆が認識できたとき、あんなに荒れていた天気も波も穏やかになっていて、空が今日も新しい明るさを運び始める準備をしている。

「おい、見ろよ、」と誰かが指さす先には、太陽。

 

​───────ああ、夜が明けた。

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