「じゃあフォス、今日は、あと15分だけ探そう」
静寂を打ち破って千代子から提示されたのは妥協案だった。フォスが夜間の活動に適しておらぬがゆえに現在眠気に負けそうであること、けれど「ひとりぼっちで泣いていた子どもを見つけてあげたい」という本人の意思を尊重しての提案。
「でも師匠、」
「眠くなってるときに最高のパフォーマンスは発揮できないものなんだよ、わたしだってそうだし」
なお、シンシャから否やを唱える声はなかった。
フォスの相方である彼にだって、フォスの意向に沿ってやりたいという思いはあった。経緯はどうあれフォスの「ひとりぼっちは寂しい」という気持ちにすくわれた身であるのだから尚更である。
だけどフォスのやりたいことは、フォスのできることと重ならない。現実的ではないのだ。
もしこの場に千代子がいなくて、三半と2人きりだったなら? ……真っ先に否定していたことだろうなとシンシャには容易に予想がついた。
「……シンシャもそれでいい?」
「ああ。続きは明日に、だろ?」
「……明日?」
「今日見つけられなかったら、明日も探そうよってこと」
「、師匠! シンシャも! ありがとう……!」
いいってことさ、と千代子が笑った。
「どこにもいない……」
「この程度でへこたれるな三半、」
その後も島中を地道に捜索したものの、結局件の子どもは見つからなかった。フォスは見るからにしょんぼりとしていて、シンシャは表面上はツンツンしながらもフォスを気遣っている。
「…………」
千代子はその様子を眩しそうに・嬉しそうに見つめていた。でも表情にはどこか翳りがある。
(……ごめんね、フォス)
実はフォスが「泣いていた子どもを探したい」と言ったその瞬間から、千代子は島中の気配を調べはじめていた。半径数十メートルの範囲で周囲の状況を察知する術を持ち合わせていたからだ。
(フォスたちに嘘はついていないけど、言ってないことがあるんだ)
そしてその範囲の中に何度か“それらしい子どもの気配はあった”。
きっとフォスが言っているのと同一人物なのではないかとも思った。恐らく、間違いないだろう。彼とシンシャが教えてくれた情報と照らし合わせても矛盾ないと判断できる程度には(遠くからで、直接ではないが)気配を探ることが出来たので。
けれどその気配を深く深く辿るうちに、気づいてしまったことがある。
この子どもは、いま酷く人間を恐れ怯えている(もしかすると、先のドンパチが関わっているのかもしれない)。
人間を信じたくとも、信じられるほど精神が安定していない。
人型をしている宝石のフォスやシンシャにさえ怯え、人里離れて洞窟にひとり。
千代子には、無理やり突入して子どもを連れ出して一度“丘”へと戻ることもできた。
(だけど、無理やり接触して子どもを怖がらせたら可哀想だなあ)
でももしかすると今連れている3m弱もある大きな「炭男」と何か関係があるかもしれないし……、とも考えた。
けれど千代子が怯えている子どもとの接触についてウンウン唸って迷っているうちに、つい昨夜また別の気配が宵闇に紛れその子を連れて隣の島(方角からしてスワロー島、だと思われる)へ去っていってしまったのだ。
「……ありゃりゃ」
カッ攫われちゃった。
けれど千代子が引き止めなかったのには理由がある。
あの気配に悪意は含まれなかったからだ。むしろ、まだまだ幼い命を思い憐れむ慈愛のようなものを感じた。
(きっといい人だ)
千代子の勘というのは(人間関係ガチャにおいては)結構な確率でハズレがないのできっと。
(……きっとあの子は大丈夫だ)
ひとつ頷いて、千代子は仲間のふたりに船に戻ろうと声をかけた。
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