はじめにその“女”を召喚したのは《世界そのもの》ではなく月人たちである。
もっと正確に述べるならば指導者エクメアと、研究者をしている数名の月人たち。
人間がまだ生きていた頃の歴史を扱っている、とある研究者月人がどこからか《魔術》、《魔術師》、《聖杯戦争》とか《英霊召喚》とかいうオカルト関係の資料を見つけてしまったことからすべては始まった。
───────特に《英霊召喚》。
これに月人たちは活路を見出してしまって、早急にプロジェクトが立ち上げられ、遠い過去の僅かな資料をもとに研究が進められ、召喚の儀が何度も行われた。《聖杯》の代用品、と言ってはなんだがそれらしいものの用意もできたので。
ただ、《聖杯戦争》をするには《聖杯》に貯めておける魔力が足りないし、月もそこまで魔力が豊富なところではなかった。だから、毎回時間を置いて一体の《英霊》を召喚するのに精一杯だ。資源さえ潤沢であれば、本来同様殺し合いの末に勝者が《聖杯》に祈って、それで終わりにできたのに。月には、龍脈がない。
地球にいる金剛大慈悲晶地蔵菩薩、すなわち金剛を刺激するのが意味をなさないかもしれないという推測が浮上するのと同時に、召喚の儀は比例して回数を増やしていった。
儀式は失敗を繰り返したが、ついに成功した。
召喚成功例第1号。
聖遺物にあたるものを用意しての召喚だった。
とある国の英霊だったようだが、月人たちとは気質が合わなかったらしい。月人に希って令呪によって強制送還を望んだ。以降、令呪の用途にも考察がなされるようになる。
召喚成功例第2号。
聖遺物は異なるが第1号と条件は同じ。
比較的友好の意思を見せる英霊で、《英霊召喚》にて喚びだされた《サーヴァント》や《聖杯戦争》についても幾らか話した。しかし、月人の望む成仏や無にかえる方法には明るくないうえ、ひとを害することには消極的であった。月人が試しに令呪で殺戮を命令しても霊格の巨大さからか1画では足りず、2画を要した。1度目は1画のみ使用し失敗、2度目に2画を使用したため、計3画を消費。令呪をすべて消費し契約は絶たれたため、該当英霊は数日のうちに姿を消した。
その後第3号、第4号、第5号……と着々と成功例は増えるも、毎回月人の手に余るもの、月人の思惑に合わないものばかりが現れる。召喚の度、月の大地がやせ衰えていくので、リスクしかない実験であるとして十数回の開催を経て結論、封鎖するしかなかった。資源ばかりすり減らすような、実にならないものを続けても意味が無い。悠久の時すら待たねばならぬ身かもしれないのに、先に何もかも失ってはどうしようもないのだ。月人はにんげんの魂の変異体と化してなお、にんげんだった頃の短命向きの営みから抜け出せずに苦しんでいる。
研究者たちは頭を抱えた。
我々は死んで終わることができないから、悲願を諦められない。
「……では当初の目的通り、“人間”そのものを呼ぶのはどうだろう」「それなら今まで実施してきた《英霊召喚》よりはリスクもコストも低くて済むでしょうね」「そうですね、比較して資源消耗も遥かに抑えられるでしょう」「成功したら、本物の“人間”に金剛と接触させるのはどうだろう」「生身の人間とアレは長いこと接触していないから相当な刺激となるのではないでしょうか」「期待ができそうです」「しかし、人間をどうやって?」「召喚陣をあえてこのように不完全なものに変更、手を加えて……」「そうか、その術式を組み込めば、」「いいぞ! これなら理論上いけるはずだ」「あえて聖遺物は使わない! “我々”こそが召喚時の鍵だ」「聖遺物を使わないことで、我々と近しいものを呼ぶんですね」「そもそも生きている人間に聖遺物とか関係なさそうですけどね」「ああ。今までの《英霊召喚》は、我々“向け”のものではなかった……つまり、相性に合わせていないものだったわけだ」「我々と相性の良いだろう人間を引き当てる確率を上げるのだ」「今度こそは」「今度こそは!」「今度こそは!!!」
それで好き勝手やった結果、ついには人間を呼ぶことに成功してしまうのだから、数百年単位の妄執も侮れまい。
初めて呼ばれたのは闘病生活真っ只中の人間で、意思疎通を図ろうにも(月人たちから見て)古語すぎて理解できる者がおらず、あたふたしている間に病で死んでしまった。けれど、その場には遺体も魂もなにも残らなかった。
2人目と3人目はカップル。
頭の軽そうな明るい人間たちで月人たちと上手くやっていけるかと思われたが、いつまでも醒めない夢と勘違いして気が触れて、ある日2人揃って投身自殺し消滅した。残ったのは月人たちには読めない文字で書かれた日記だけ。
4人目は老人。
老い先短いのを連れてきてもどうしようも無いのでその場で早々に処理された。辺りは血の池と化したのに、血痕も残らなかった。
その後も5人目、6人目……と残らぬ遺体の数と、日記の枚数・冊数だけ積み重なる。数人は長い時をこの月で過ごしたらしい。それを日記のページの厚みが教えてくれた。
日記はあらゆる時代の、あらゆる国の言語で綴られ、月人にもところどころ読める部分は発見されど、月人たちに有用な情報はどこにもない。ただ被召喚者たちの思いが積み重なっていくだけだった。
月人たちはその度、“無にかえった”人間たちを羨み妬んだ。
正確には“無にかえって”などいない。
彼らは死んで、ここからいなくなった。
月人と違って、魂だけの存在としてここに残留しなかったのがそう映っただけのこと。
「かつて我々も早々にああなるはずだったのに」と。
この永き日々を抜け出して、安寧を得るはずだったのに。
本当は、月人もあれが、あのにんげんたちが、無にかえったわけではないと分かっている。けれど、この世界から脱出したのがあまりにも羨ましかったのだ。
自分たちは永久に終われないかもしれないのに、どうしてあいつらだけ。
そうして14人目に連れてこられたのが、“女”───────転移者第14号、『真理江 千代子』である。
召喚の儀では本来、召喚されたものは万全の状態で現れるものだ。
しかし、召喚陣として採用されたものは《何か》を喚ぶことはできても不完全。
召喚された側である“女”は「世界と世界との差異の感知、且つこれを埋めるための膨大な情報を直接脳内に強制入力が開始」されたために極度の体調不良となった。いつまでも延々と際限なく情報を脳みその隅々まで焼き付けられているのだ。相当な苦痛である。しかもこれが終了するまで体調不良は続くうえ、まともに動くこともできないほどの無防備な状態となった。
召喚した者とされた者の間にはパイプラインのようなものが繋がれ、その副作用で互いのことを夢に見ることがあるという。
それにより、召喚者はマスターとして、数日としないうちに千代子の体質や今までの人生をある程度理解した。性格や思想さえも。
《女》は身内にどこまでもやさしく甘く、逆に敵対するものに容赦がない。
幾度となく身内としたもののためにその身を捧げ、願いを叶えてきた。ときに世界さえ相手取って。
……であるとするならば。
こんなに“都合のいい駒”はなかなか手に入らないだろうな、とマスターとなった男は心のうちでわらった。
この“駒”を、うまく仕立てあげねば。
そうして、我々の悲願のための礎としよう。
《女》は、どう転んでも我々の糧となりうるのだし、手を出さない理由もない。
男はまず、同胞たる月の住民たちに千代子を篤く看病するよう、心を砕くよう頼んだ。
───────あれにいっとう優しくして、情を得るのだ。恩を、与え続けるのだ。
もちろんそんな直接的な言い方や、すべてを最初から打ち明けるような真似はしなかったが、住民たちに「あれはちょっとした事情があってここに来たのだが、どうか気にかけてやってほしい」と頼む。月人は男に決定権を委ねているから、全てを明かさなくとも「他ならぬあなたの頼みであれば!」と快く引き受けてくれた。
家畜を食うために肥え太らせるように、丹念に丹念に千代子へ恩を与え続ける土壌が完成する。
その思惑通り、月の住民たちは千代子にそれはそれはやさしくしたし、千代子も鏡が光を反射するように懐いた。看病してくれる人は千代子にとって“いい人”なので。
千代子は、どこからか・なにかきな臭いものを察知したけれど、たぶんそれは「看病してくれる人たちそのものからはしない」香りだと思った。そういうのって、だいたい胡散臭くて裏がある為政者とか権力をもっているのがさせるものだ。
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エクメアという男は、月人たちから王子と呼ばれ慕われる指導者なのだそうだ。眉目秀麗で、どこかオーラがある男だなと千代子は思った。現代日本にいたら若くして社長とかしてそう。
彼はいつも笑っているけれど、千代子に笑顔を見せてもそれは単に武装でしかない。どんなに自然体で千代子の前にいても、そう思ってしまう。これは、やさしいにんげんの振りをするのが上手い生き物だ。かつて、やさしいにんげんだったがゆえに、どう振る舞えばいいか既に知っているのだろう。
この男は、本当にやさしい心はあるけれど、それは同胞のためだけのものだ。
そして打算でほとんど全ての行動を決めてしまえる。合理的なものの見方をするから、切り捨てるのもうまい。
あの召喚陣をきっかけに繋がっているからこそ、そうなのだと分かってしまう。だから、コレに全幅の信頼は寄せられない。
けれど体調不良は思考能力を僅かでも鈍らせ、千代子のエクメアへの猜疑心を薄める。エクメアの巧みな話術もあってか、千代子はいつしかエクメアを信じていた。
同時に呑気にも、月っていいところだなあ、キレイだし。なんて思ったりもした。月に住むってなんだかロマンチックだったので。
まだ不調は治らないけど、そのうちどうにかなるだろう。
(はやく、治ればいいのに)
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