はじめてのクリスマス

寒さが身を苛む季節がやってきた。
この世界に来てから初めての冬だな、なんてぼんやり思いながら幾度街を点々としただろうか。
首元にマフラーをして防寒する。風邪など引いて困るのはわたしだ。あまりに寒い時はピカチュウがそのマフラーの隙間に潜り込んできたりもするので、少なくとも心はぬくもりに溢れている。とにかくピカチュウがかわいいのでわたしは写真に撮った。

旅をはじめた当初より懐具合は良いほうだけど、依然1人でこの世を生きていくには心許ない状況が続いている。いくらピカチュウが強くても、(まだ今の段階では)ファイトマネー頼りに生きるだなんて博打だけでどうにか出来るわけがない。だから単発バイトや内職なんかでちまちまと稼ぐこともあった。

とはいえジム戦をクリアするたびに貰えるファイトマネーは少しずつ増えているから、それなりにバッジが揃ったら今の生活ももう少し安定するだろうな、と何となくの見通しはたってきたところだ。きっと近くには、口座を開いて作った通帳の残高を見て少しは喜べるようになるんじゃないかな。

実はオーキド博士たちから、(レポートの対価で)仕送りのようなものも貰っている。が、申し訳なさすぎてそれ​───────はじめはキャッシュだった。わたしは大量の現ナマに恐れ戦いた。​───────をそれとなく遠慮していたらいつの間にかキズぐすりとか物資を渡されるようになっていた。必需品ならちゃんと消費するからってそっちの方向にシフトしたんですね博士……ナナミさん……。有難いけど本当に申し訳なくて胃がやられそう……。

 

相棒ピカチュウとの2人旅(?)は案外快適だった。快適だったというか、ピカチュウが快適にしてくれていた、というのが正しいだろう。旅のあれこれで困っても何かとピカチュウが手助けしてくれた。
ピカチュウね、わたしより焚き火の火をおこすの上手なんだよ。トレーナーより生きるのがうまいピカチュウだね。きっと無人島に漂着しても無事生還しそう。わたし1人では十中八九生きられないから、ピカチュウに頭が上がらないね。

それに団体行動を求められるでもなく、自分のペースで進められるのも要因のひとつだったかもしれない。あとは……自分の迷子癖というか、地図を見てもうまく活用できないという弱点さえなければもっとスムーズに旅ができただろうけど。

そして今、わたしはハナダシティから南下してヤマブキシティにいる。

そうなるに至るまであれやこれやあった。

まず、ナナミさんに「クリスマス、マサラタウン(こっち)には帰ってこないの?」と聞かれ1度は「旅の途中だから」と断った​ものの、「……ちょっとだけでもヒヨリちゃんに会いたいなあ」とすごく寂しそうな顔をしたので断りきれなかった。そうしてあれよあれよという間にクリスマスの予定が埋められていた。これが数週間前のことである。

さて、ではどこでクリスマスをこの一家と過ごすのかというと、なんとヤマブキシティだという。マサラタウンの御屋敷だとばかり思っていたけれど、博士と今は亡き奥さまの思い出のレストランがそこにあるとかで、クリスマスやお祝いごとなどがある度に足をはこぶのだそうだ。そこにわたしを連れていくおつもり……なんですねひぇぇ、そんな凄いところにわたし本当に行ってもいいのかな……。
オーキド博士にも「テレビ電話でも近況は聞いておるが、ちゃんと顔を合わせて話がしたいのう」って言われたし、「いいに決まってるわ、わたしヒヨリちゃんとお話したくてたまらないのよ!」とナナミさんに即答されてしまった。
グリーンくんはというと、“所用で家を空けている”らしくて、実は旅立ってからまともにテレビ電話でお話できていない。元気にしてるかなあ。クリスマスはちゃんと顔出す予定だとナナミさんは言っていたけれど。

……そういうわけで、当初の予定ではイワヤマトンネル方面からシオンタウンへと抜けるつもりだったが、先にヤマブキシティを訪れる運びとなったのである。

 

「​───────ではこちらの鍵をお渡ししますね。無くさないようご注意ください」
「はい、ありがとうございます、ジョーイさん」
「ピカピカー!」

まずはポケモンセンターの宿泊室をおさえる。

「ピカチュウ、ありがとうが言えてえらいね」
「チャーア」
「ふふ……、外出の際はこちらにまた鍵を預けてくださいね」
「はい! わかりました!」
「ピ!」

キーホルダーに示された部屋番号と案内板に貼られた地図を見比べて、現在地と貸し与えられた部屋の位置関係を確認する。
うん、大丈夫そう。大体の把握が済んで、壁上部の表示を頼りに歩き出した。この建物の構造はそんなに複雑じゃないから、流石に迷ったりはしない。

数分もしないうちに目的地に到着し、鍵を使って部屋の中に入る。
2段ベッドと、小さな机と椅子、テレビなどが置かれたシンプルな部屋。オーキド邸で与えられた一室よりずっと狭い。それはそうだ。あの人たちの財力と比べるところではないし、そもそもの前提が違うのだから。

「ピカチュウお疲れ様、しばらくのんびりしててね」
「ピッカ!」

荷物を置いて備え付けの椅子に座ると、やっと一息つけた気がした。

「……ああ、そうだ」

クリスマスだから、って博士たちにささやかながらプレゼントを用意したんだった。常時お財布は薄っぺらいけど、いつもお世話になってるのだからこういうときはちゃんと伝えておきたい。

「喜んでくれるといいなあ」
「ピ! ピカ、ピ!」
「えへへありがとう、ピカチュウ」
「ピッカ!」

しばらくピカチュウと戯れていると、部屋の扉をコンコンとノックする音が聞こえてきた。誰かしら、と思っていると、「ヒヨリちゃーん」と聞き覚えのある声。

「ナナミさん?!」

慌てて扉を開け、部屋へお迎えする。
ナナミさんは手に四角いショッパーをもって満面の笑みで居た。

「ヒヨリちゃん久しぶりね! 元気にしてた?」
「は、はい! ……で、あの、その、」

どういったご用件でしょうか……?

 

「ヒヨリちゃんに着てほしいお洋服があるしかわいくおめかししてほしいからって、おじいちゃんより先に来ちゃった♡ 現地集合の予定だったし、レストランまでヒヨリちゃんをしっかりエスコートするから安心してね」
「は、はぁ……」
「ピ!」

気づくと、何故か宿泊室がファッションショーの会場になっていた。今回の衣服は全てナナミさんお手製のワンピース。

居候していたときもナナミさんは何着か服を作ってくれた。趣味で製作しているらしいけど、ほんと、仕事にしてもいいくらいの完成度だといつも思う。かつてはコンテストの舞台衣装なども自作していたそうなので、なるほどこれは“魅せ方を知っている”わけだ。尊敬するなあ。

「今日のディナーみたいに、ドレスコードがあるお店に行くとき用に何着か作ってたの! ヒヨリちゃんはどれが好み? 全部似合うと思うんだけど……あ、これなんかどうかな?」

そう言って見せてくれたのは、胸元のリボンタイと大輪の花がスカート部分に咲き誇るかわいらしいヴィンテージ風のワンピースだった。なんだっけ、1950年代風ってやつかな、あれが近いと思う。

「わ、かわいい……!!!!」
「でしょー! ヒヨリちゃん、こっくりとした色のレトロなファッション好きそうだなあって思って作っちゃった!」
「ピカピ、ピカピ!」
「ピカチュウもこれ着たヒヨリちゃん、見たいよね?!」
「ピーーーカ!!!!」

ピカチュウが左右にステップを踏みながらピカピカ鳴きつつ万歳ポーズでニコニコしている。これは最近見るようになった「おねだり」の仕草だ。あざとさ満点でわたしの相棒がこんなにかわいい。そしてそのピカチュウと「ねー!」ってしてるナナミさんとかわいい。世界は平和。

他にもナナミさんの持ってきた服を見せてもらったけれど、いちばん印象深かったのはやはり最初に見せてくれたワンピースだった。

「実はこれに合わせたカラータイツと、ベルトと、髪飾りもここにあるのよ! それから靴とコートも持ってきたの!」と用意周到すぎるナナミさんがキラキラしている。コーディネートとか考えるの楽しいのよね、と以前言っていたし、そもそも服飾が好きだったからコンテストの舞台衣装なども手がけていたんだろうな。

それからしばらく部屋でナナミさんとお話して過ごし、ディナーの時間が近づくと用意してもらったワンピースに着替え、かるくお化粧も(!)施してもらった。

「そうだ、ピカチュウにもいいものがあるんだけど」
「ピ?」
「じゃーん、ヒヨリちゃんのとおそろいの柄の蝶ネクタイでーす」
「ピッカーーー!!!」
「付けていく?」
「ピ! ピ!」
「じゃあ後ろ向いてー」
「ピカピー」
「……はいできた!」
「ピカピ、チャーア!」
「うん、よく似合ってるわよ」
「よかったね、ピカチュウ」
「チャァ!」
「ナナミさん、ありがとうございます」
「うん、どういたしまして! 喜んでもらえてよかったわ」

 

ナナミさんの案内のもとレストランに着く。外観からしてオシャレな建造物だ。導かれるまま店内に入ると、食欲をそそる香りがあちこちから漂ってきた。

「久しぶりじゃな、ヒヨリくん」
「博士、ご無沙汰しております」
「元気でやっとるのは分かっていたが……こうして間近で確認できて安心したぞ」

さ、ここで話すのもなんだから席につきなさい、と促される。

「よ、ヒヨリ、ピカチュウ」
「グリーンくん、お久しぶり!」
「ピッカァ!」

席には既にグリーンくんもいた。わたしたちより先に着いていたらしい。いいとこの御曹司みたいな(実際そう)格好して、姿勢よく座っている。

わたしも倣って、内装と調和した素敵な拵えのふかふかな椅子に腰を下ろした。

「……うん、久しぶり」
「? どうしたの」
「ピ?」
「え?! いや、……そのワンピース、似合ってるなって」
「これね、ナナミさんが作ってくれたんだよ、かわいいでしょ」
「……あぁうん、かわいい」
「……チャア?」

どうしたんだろう、なんか歯切れの悪いような? グリーンくんの様子、どこか変だな……?

不思議に思ってピカチュウとアイコンタクトなんてしている間にディナーの時間になった。

前菜の盛り合わせからはじまったフルコースは、それはもう美味しくて舌鼓を打たずにはいられないくらい。レストランまでの道中でナナミさんがカロス料理のお店だと言っていたから、わたしの世界で言うフランス料理のことだとすぐ分かった。ソースまで拭って口に運んで、やはりその認識は正しかった。奥深い味のそれは、記憶の中のものととても似通っていたから。そのことに安堵を覚えて、一瞬息をとめた。きっとそんな挙動は一家のみなさんには気づかれていないと思う。話題をせき止めることも無かったし。
コース料理を楽しみつつ、改めて旅路でのあれこれを話したり、道中の些細な疑問を訪ねたり、一家の近況などを伺ったりと充実した時間が過ぎていった。久しぶりに間近で見知った人たちと話をするのがこんなに楽しかったんだなあ、としみじみ思う。普段あまり交友関係とかを意識せずに街で過ごすから、というのも要因にあったのかもしれない。

ディナー終盤、デザートが運ばれてくるちょっと前に博士たちからプレゼントをいただいた。博士からはブラッシング用品、グリーンくんからはトレーナー用の手袋だ。ナナミさんからも更にもらってしまって、「この服がプレゼントってわけじゃなかったんですか?!」と聞くと「それはわたしが着せたかったから持ってきただけでクリスマスプレゼントではないのよ、クリスマスプレゼントはこっち」とふわふわのマフラーを差し出された。わたし、もらいすぎでは……? 思わず意識がどこか行きそうになったが、(まだ自分からのプレゼントを渡していなかったぞ)と思い出していそいそと取り出した。ハンドクリームのセットやコーヒーに合いそうなお菓子の詰め合わせなどといった無難なラインナップだったけれど、渡すと喜んでもらえたので安心した。

博士の支払いでお会計が済み(本当に美味しかった。お腹もいっぱいになったし、心もいっぱいになった)、レストランの外に出て何となく空を見上げると、もう夜空が深みを増して星たちが唄うように輝いていた。ヤマブキシティは大都市だから、街の灯りがひときわ強い。それでも星が輝くさまは綺麗で、しばし目を奪われた。そんなところを「なに黄昏てンの、ほら行くぞ」とグリーンくんに手を引かれ、「あ、グリーンずるい! わたしもヒヨリちゃんと手を繋ぐ!」ともう片方の手をナナミさんにとられながらポケモンセンターまで送られた。博士はというと、そんなわたしたちの様子を見て後方から微笑ましそうに見守っているだけだった。

「今日は一緒にクリスマスを過ごしてくれてありがとうヒヨリくん」
「こちらこそお誘いありがとうございました、博士」
「じゃあヒヨリちゃん、また今度。次の街に着いたら連絡してね」
「はい、ナナミさん」
「いつでもうちに帰ってきていいんだし、何もなくても連絡してほしいんだからね」
「……はい!」
「姉ちゃん、そろそろ帰んぞ。それからヒヨリ、」
「?」
「プレゼント、本当にうれしかった。ありがとう」
「うん!」
「旅の続きも楽しんでこいよ……ぁいや、楽しいことばっかじゃねーかもしんないけどさ、お前にはピカチュウがいるし、ひとりじゃねーからな」
「ピッカ!」
「おー、お前に任せたぞ」
「ピ!」
「……グリーンくん、ありがとう」
「ん。またな、ヒヨリ」
「グリーン、そろそろ行くぞー」
「わかった、今行くー……、じゃ」

そうしてグリーンくんたちは自分たちのポケモンに乗って自宅に帰っていった。わたしはピカチュウに「……じゃあお部屋に戻ろっか」と告げて、宿泊室の鍵をフロントで再度受け取り、部屋への道を歩いていく。

部屋は夜の色をそのまま写しとって暗かった。
寒々しい冬の夜空色。
ぱちり、と灯りをつけると消え失せ、室内灯の人工的な漂白された色にぬり変わる。

「……今日は楽しかったなあ」
「ピ!」
「美味しいものいっぱいたべて、グリーンくんやナナミさん、博士とたくさんお話できて……」
「ピカ!」

あぁでも、お母さんたちは元気にしてるかな。楽しくクリスマス、過ごせてるかな。こちらとあちらの時間の移ろいかたが同じかどうかは知らないけれど、気がかりだった。……捜索願とか出されてないよね?

「……ピカピー?」
「あ、ううんごめんねピカチュウ、なんでもないよ。……そうだ、はやくお風呂に入って歯磨きして寝ちゃおう、いつまでもこのままってわけにいかないもんね」
「……ピ!」

考えても解決することじゃないので、わたしはお風呂セットやメイク落としなどを手に取って、心做しか足早に共用の入浴場へと向かった。

廊下の窓から見えた夜空は、変わらず寒々しい冬のものだった。

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