戦闘が終わって、日和たちはまた宿泊している宿屋に戻ってきた。宿のひとたちがほっと安心した顔でまた迎えてくれたので日和は会釈で応える。用意されている部屋に足を踏み入れれば僅かに息をつくことができた。普段経験している戦闘とはまた少し毛色が違うものだなあ、と考えつつ備え付けの椅子を移動させて、フレンに椅子を勧める。日和も椅子を用意して腰を下ろし、年寄りくさくもよっこらしょ、とかけ声に合わせ膝の上にピカチュウを載せてやった。日和のよっこらしょ、という声に合わせてなぜか膝に乗せてもらう側のピカチュウも「ぴっぴかちゅ」と鳴いた。
「─────本当に心配したんだよ。……とはいえ、ぼくひとりでは力不足だったのも事実だ。ヒヨリ、ピカチュウ、ありがとう。あのとき君たちがきてくれてよかった」
フレンのお説教のお時間。しかも今回は危ないことをしたので長めだろうなと日和は覚悟していたのだが、想定していたよりも早々とそれは終わってしまったのでちょっと拍子抜けだ。
「あの、その、……はい」
「ぴぃーか、ぴ!」
キョトンとする日和と対照的に、ピカチュウが頼もしげな雰囲気で自らの胸部をトンと叩く。それを見た日和は(そうだよなあ、いつもこういう場面だってピカチュウはドシンと構えているよね)と少し安心して、頷いて笑った。
「──────それで、さっき聞こうと思ったことなんだけど」
「?」
その様子を微笑ましそうに見つめながら、フレンが切り出した。
「ヒヨリ、きみ……しばらく僕と一緒に来ないか?」
フレンと、一緒に?
日和は思わず無言のままぱちくりと瞬きした。
これは推測なんだけれど、とフレンが続ける。
「恐らくきみは、少なくともこの街付近ではないところで旅をしていたんだろう。きみの様子や街の人たちの様子からも察しがつく。なら、ここでその仲間を待つよりは、もう少しいろんな人が集まる……そうだな、例えば港町のほうで情報収集したほうが良いんじゃないかなと思うんだ」
「港町……」
「そう。というのも、帝都に向かう商隊などの通行は極わずかにあっても周辺をうろうろしているのは最近なかったようだし……なら、港町のほうだろうな、と思って。この大陸だと……カプワ=ノールだね」
この辺を通る商隊の話は、ここ数日ピカチュウの看病をしていた日和も親切な宿屋の人からたまたまだが伺ったことがある。なんでも最近は凶暴な魔物が頻繁に群れで現れて、人びとは関所を安心して通過することも難しいのだそうだ。長期化したら物資の不足で経済が滞りそうだなあ、と日和は思考をめぐらせた。
「(新しく聞く地名だ……)なる……ほど……? でも、ぇえと……」
確かにフレンの申し出は有難い。フレンが居れば魔物に遭遇しても心強いし、まだまだ分からないことだらけなのでいろいろ教えてもらうことができる。しかしそれは日和側のメリットであって、日和からフレンに返せるものがない。
それに彼はいま『巡礼』という人生の一大イベントの真っ最中のはずではなかったか? それにほぼお荷物状態の自分が着いていく……?
もろにその疑問と申し訳なさが日和の顔に出ていたのを察知したのか、フレンは慌てて弁解した。
「あぁいや、そんなに申し訳なく思うことないよ。その、僕はいま『巡礼』途中の騎士の身ではあるけれど、むしろ、だからこそ困っている市民を助けるべきだ。────騎士は、市民のためにあるものだからね」
どうかな、とフレンは投げかける。既にフレンには多大に迷惑を掛けている気しかしていない日和は、本当に申し訳無い気持ちになって、それでもその申し出に縋るしかなかった。右も左も分からぬ世界にぽつんと孤独─────とはいえ、ピカチュウたちはいるけれど──────となればこれはもうお言葉に甘えるしかないわ、と自分に言い訳するしかない。そのまま日和は、よろしくお願いします、とやや固くなりながらフレンに返事した。
───────そんなふうに、日和の異世界生活が再スタートしたのだった。
コメント