幕間その2、または松田陣平の溜息

 

 

今までいつもそばにあったものが、急になくなってしまうかもしれなかった。

(爆処で身を粉にして働いてんだから、いつかは有りうる事象ではあるモンだが)

その事実がどれだけ己の肝を冷やしたか、我が身を魂ごと震わせたことか。きっと彼奴には一生分からないだろう。……分からないままでいてくれとも思う。

しかし、すんでのところで最悪の未来は回避され、大切な親友は死神に連れていかれることなくここに​───────いる。

「……萩原ァ」
「なァに、じんペーちゃん」

深い意味を与えられなかった呼び掛けに応えがある。
萩原は今も、俺と​───────松田陣平と同じ時を生きている。
喫煙所の中、宙に解けていく紫煙が鮮やかにそれを告げていた。

 

 

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​松田陣平とはなぶさ千代子の接点は警察学校時代に遡る。

とある日の放課後の教室で(超能力を一定程度制御するための)試作携帯型リミッターが急に故障してしまい、突然のことにテンパってアワアワしていた千代子に声をかけたのが松田だった。正直な話(松田にとって)見慣れない面白そうな機器を解体するチャンスだという不純な動機からの提案だったが、渡りに船とばかりに千代子は喜んだ。あんまり真っ直ぐに感謝されるものだから、松田はなんだか照れくさかったのを今でも覚えている。

(おそらくこの一件から“ともだち”扱い、ってのをされはじめたんだよな)

彼女がエスパーだと知ったのもこのときだ。ちなみにリミッターはちゃんと直ったし、その後松田は改良型リミッターの製作にも一枚嚙むこととなった。最初こそ面白半分で首を突っ込んだ案件だったが、なかなか有意義な時間を過ごせたと思う。

そういった経緯から、松田はしばしば千代子と話すようになった。半年程が経過し、各部配属になった今では数日と置かずメールを送り合う程度の付き合いである。

 

 

​───────そして松田は現在、萩原及び千代子と創作料理の居酒屋で夕食をともにしていた。

「松田くんにはいつもたっくさんお世話になってるし、松田くんと萩原くんは親友だし、美味しいものは共有したかったから今回呼んでもらっちゃった」
「それに腹割って話すにも松田がいた方がいろいろな意味で安心するっていうか、ね」
「ね」
「何がどうなってそうなったんだテメーら」

なんかそれなりにギスってたのに急に仲良くなったな。
確かに先日は萩原と千代子の間に入り仲を取り持ってやったが、その返礼が超弩級の高級料亭(※本来であれば一年以上先まで予約でいっぱい)のコース料理ときた。お品書きには当然のように額面は一切載っていない。

……そんなデケェ恩つくった覚えがねえんだが?
松田は訝しんだ。

けれど千代子を見て途端に思い出した。
ああコイツ、(接した期間を問わず友人と見なした人間への対応がバグりまくってて)ちょっとの恩でも馬鹿みたいに有難がってアホみたいな規模の報恩してくるタイプだったなと。

ここねえ、お酒も美味しいの揃ってるんだよ〜、と千代子がご機嫌に花を飛ばす。
本当にまだ酒入ってねーんだろうな?
松田は半目で呆れ顔不可避だった。

「どこかで聞いたことあるトコだよなーと思って調べてみたら、やっぱりこのお店一見さんお断りで有名なスゴーいお店で、お星様も付いてるトコだったよ」
「店主のおいちゃんとは以前から仲良くしてもらっててね、今日のためにスペシャルなコースの予約お願いしたら『いいよぉ』って一つ返事でOKしてくれたんだー」

千代子が萩原の言葉に頷いてンフフ、と緩々に笑った。

(食べる前から随分と幸せそうに笑いやがって)

ああ、こいつ確かメシ食うの好きだったか。
舌も随分と肥えているし、その筋でも顔が広い。
要はグルメだ。
何度かやれランチだ、やれアフタヌーンティーだ、やれディナーだと(任意で)連れ回されたこともあるがどれもハズレた試しがなかった。いずれも松田の味覚に合うセレクトであったことを加味すれば、つまり今回もそういうことだ。

(この店も“大当たり”ってわけだな)

久しぶりにタダ飯で美味いモンにありつけるから、(言いたいことは山ほどあるが)それで多少はチャラにしてやろう。

松田は丁寧な作りの箸に(いそいそと)手を伸ばし、今宵の晩餐を楽しむことにした。

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