自分の意思に関わらず身体が男性のものに変化していたことに千代子は遠い目をした。新手のデバフにしては(現在の状況から鑑みて)齎すであろう事象が厄介なんだよなあと思って。
(面倒くさいことにならないといいけどなあ)
実際にはもう面倒事になっているし、人はそれをフラグと呼ぶのだが。
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「───────チヨコ……? ふむ……不思議な響きの名よな」
「……ふふ、あなたからしたらそうかもしれないですね」
「しかし、そなたによく似合っているな」
「オトギリ姫が褒めてくださるの、とても嬉しいです」
20cm。
片手で足りる距離。
これは千代子の顔と人魚姫───────オトギリ姫の顔との物理的な距離である。
端的に“近い”。
さてはこの人魚姫、距離感バグってるな?
千代子は確信した。
この距離はほぼ初対面の人間にするようなものじゃないんよ。パーソナルスペースは何処?
(この距離感はなんか……その、あれだ、合コンの肉食系女子とかいうのに近い気がするな! 特に出くわしたことないけど!)
まあその場合持ち帰られてしまうのは千代子♂の方なんだが。というか、既に根城へは持ち帰られているが。
その推定肉食系人魚姫に冷や汗が滲んできたのを気取られ、「体調が悪化しておらぬか?! あっ、熱が! 早く身体を休めよ!!!!(クソデカボイス)」と超特急姫抱き便で運ばれふかふかのお布団で寝かしつけられる。
人魚姫ってば膂力(とバブみ)がすごい。
狙われている獲物の気分が抜けないけれど、その優しさに感謝し千代子はぐっすり眠った。世話を焼いてくれる存在というのは有難いので。
「チヨコ」
「チヨコよ」
「チヨコ、」
「チヨコ!」
拾われてからというもの、ほぼ毎日ぴっとりと千代子の横にくっついては甲斐甲斐しく世話を焼き、体を労るオトギリ姫。本人からしたらさり気ないつもりなのかもしれないが、その言動の端々から伝わってくるアピールがなんだかすごくガチなのである。
自分をただの人間の男性とばかり思って接しているのだろうなあと察知して、千代子はなんだか騙しているようで申し訳ない気持ちが湧いてきた。そしてそれとなく「あんまりそんな風に(相手に)気を持たせるようなことはしない方がいいよ」と告げるも、「私を心配してくれるのか? そなたはとても優しいのだな……♡」とオトギリ姫の好感度を益々上げてしまい、かえって距離感のバグが酷くなった。もはや距離がZero。
「ドウシテ……ドウシテ……」
▽千代子 は ないた。
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